(Q)LDLコレステロールの直接法による測定値とFriedewaldの換算式で得られる値とが一致しません。どう考えればよいでしょうか。(内科医)
(A)LDLコレステロールを直接測定した値(直接法)とフリーデワルド式で計算した値(計算法)が乖離する要因はほぼ二つです。まず第一に、計算法ではVLDL、IDL、Lp(a)などのリポ蛋白中のコレステロールが含まれてきますので、値は高めとなります。中性脂肪値が高い場合にこのような要因が特に考えられます。第二に、重症な肝機能障害がありますとLDLの性状が極端に変化しますので、いかなる方法をもっても正しい値を得ることができず、したがって乖離も起こってきます。
そこで、中性脂肪とHDLコレステロールの値をよく見てください。もし中性脂肪が正常範囲内であれば、第一の要因はほぼ否定できます。そしてもし、HDLコレステロールも正常であれば、重症な肝機能障害はないと考えられますので、第二の要因も否定できることになります。総コレステロールを含めた三者がおよそ正常範囲にある場合は、直接法でも計算法でも極めて正確な値が得られますので、乖離は起きません。この場合、両者の乖離が15%以上あれば、検体の取り違えも考えられます。
(1998年12月31日 日本臨床検査医会 岡田正彦 新潟大学医学部検査診断学講座)
(Q)高齢者の正常値について、現在の考え方を説明してください。(栃木県 臨床検査技師)
(A)以下に総説としてまとめましたので、ご参照ください。
1.厚生省「老人の臨床検査の正常値に関する調査研究」班の経過
厚生省老人保健事業推進費等補助金に基づく「老人の臨床検査の正常値に関する調査研究」班(主任研究員:河合 忠自治医科大学臨床病理学教授)が平成2〜4年度の3年間にわたって活動した。その活動のまとめとして、平成5年3月27日に調査研究班主催による公開フォーラムが開催された。その記録が、平成5年9月30日、薬業時報社(東京)から「老人臨床検査値の考え方(基準範囲)」(監修:厚生省老人保健福祉局老人保健課、編著:河合 忠、著者:藤井 潤・金澤康徳・中村治雄・秦 葭哉;定価1900円)として発行されているので、ご参照頂きたい。
2.調査研究班全体としての結論
(1)正常値、正常範囲という名称は適切か
第1回会議の冒頭で、「老人の正常値というのはあるのか?」について大議論が戦わされた。結論として、世界的な動向にハーモナイズする意味でも、正常値・正常範囲(normal values, normal ranges)という言葉は止めて、基準値・基準範囲(reference values, reference intervals)にすべきである。この考え方を、公開フォーラムでの意見聴取を踏まえ、臨床検査関連学会・団体の会合で数回にわたって討論を重ね、おおかたの賛同を得た。さらに、多くの臨床医の理解も得られ、平成8年に出版された平成9年度厚生省医師国家試験出題基準の中に初めて基準値・基準範囲が盛り込まれ、正常値・正常範囲という言葉が姿を消した。
(2)老人の基準値とは何か
高齢者では個体差が大きいので、一概に横断的な"集団正常値"を求めるのは困難であるし、それが個々の高齢者の診療に当たって必ずしも十分に役立つとは言えない。個々の高齢者のADL(ability of daily living)を考慮して判断しなければならない。
今後は、長期間経年的に検査値の推移を研究する必要がある。もちろん前向き(prospective)調査は必要であるが、さし当たって後ろ向き(retrospective)調査をすべきである。
3.各小委員会の結論
本調査研究班は、4つの小委員会に分けて活動した。すなわち、血圧小委員会(藤井潤委員長)、血糖小委員会(金澤康徳委員長)、血清脂質小委員会(中村治雄委員長)及び一般血液検査小委員会(秦 葭哉委員長)である。それぞれの小委員会の結論を要約すると以下の通りである。
(1)老人の血圧
正常老年者を設定し、各施設で2回測定した血圧の低い方を採用した平均値では、収縮期血圧は男女とも133〜134mmHgぐらいであった。若い人は120mmHgぐらいなので、多少は高いが、老人でも元気な人では以外に低いのではないか。標準偏差を加えると、収縮期血圧の上限は160mmHg、拡張期血圧の上限は90mmHgぐらいである。
血圧レベル別に追跡調査した研究から、収縮期血圧で140〜160mmHgぐらい、拡張期血圧では80〜90mmHgぐらいにリスクが高くなる境がある。
治療すると、脳卒中や心疾患が減ることは明らかで、老年者の血圧が高い状態は好ましくない。
(2)老人の血糖
健常者の血糖値の変動幅は年齢によって大きく変化しない。しかし、高齢者では、「疑い糖尿病」という範囲(空腹時≧120mg/dl、糖負荷試験2時間値≧200mg/dl)を設定し、直ちに積極的治療を必要とする糖尿病基準値(空腹時血糖>140mg/dl、糖負荷試験2時間値>240mg/dl)とは区別し、繰り返し血糖検査を行って慎重に判断する。
血糖値の合併症出現に与える影響は、若年者と高齢者で変わらない。しかし、高齢者は低血糖に対する抵抗性が低く、治療により低血糖に成りやすいので十分に注意する必要がある。今後、境界域設定の妥当性を細小血管症、大血管症の予防および生命予後と日常生活の活動性の維持の面から検証する必要がある。
(3)老人の血清脂質
日本人の血清脂質研究班、などの調査結果から以下のように結論された。
血清総コレステロールは、女性の値が45歳ぐらいから急速に増えていく。トリグリセライドは、全体的に男性の方が高いが、女性では年齢とともに増加し、高齢者になると女性平均値が男性のそれを上回る。HDLコレステロールは、終始女性が高く、50〜60mg/dlを維持し、加齢による変化は明らかでない。
冠状動脈造影術による3年間の経過観察結果から、高脂血症(総コレステロールが220mg/dl以上)が続くと動脈狭窄が進展する人が多い。総コレステロール値のみならず、トリグリセライド、HDLコレステロールへの配慮も必要である。
治療目標値としては、日本動脈硬化学会コンセンサスカンファレンスの提案する総コレステロール≧220mg/dlは妥当であろう。討論の中で、この治療目標値をそのまま"正常範囲上限値"として受け取られたところに大きな混乱が生じたことが指摘された。
(4)一般検査値の加齢変動
加齢変化を示す検査項目の生理的変動域を決めるための接近法として、増山により展開された「個体変動」の概念を応用し、全国8地区の医師会健診センターでの健診受診者(1987年、1990年)合計約5万人の検査結果を参考にして、個体変動幅(σx)を算定した。σxは対象の例数や、測定方法、平均値の大小にあまり影響を受けないが特徴であるが、平均値に大きく影響を受ける。したがって、普遍性の高い基準範囲を設定するためには平均値の施設間差をいかに小さくするかが課題としてあげられた。
(1998年12月31日 認定臨床検査医 河合 忠(No.22))
(Q)交差適合試験で副試験と自己対照だけがクームス(抗グロブリン)法で陽性となりました。どのように報告したらよいでしょうか。(広島県 臨床検査技師)
(A)ご質問にあるような結果は、血液内科や膠原病科などの患者さんでは珍しくありません。基本的には、直接クームス試験陽性、間接クームス試験陰性の患者さんでみられる結果です。確認してみて下さい。
副試験は「供血者の血清」と「受血者の赤血球」の間の検査です。供血者はこの例では日赤から供給される洗浄赤血球ですので、不規則抗体はすでに調べられており「「陰性」です。副試験と自己対照がクームス法で陽性ですから、受血者の赤血球にすでにIgG抗体がくっついていると考えられます。用いる製剤は洗浄赤血球であり、供血者の血清は輸注されませんので、副試験の凝集が自己対照と同等(以下)の強さであれば、「適合」として差し支えありません。
このような場合、赤血球に結合しているIgG抗体は、自己抗体であることが多いのです。しかし、輸血などが原因で感作され、不規則抗体が結合した供血者の赤血球(この数日以内の輸血が原因となっている)が多量に存在している可能性が否定できなければ、抗体の解離・同定試験を実施してみる価値があると思います。仮に自己抗体ではなく、不規則抗体であったとしても、この例では主試験が陰性ですので、抗原は回避されていると予想され、輸血しても大丈夫です。
また、余談ですが、自己免疫性溶血性貧血の患者さんに輸血する際に「洗浄赤血球」がオーダーされることがままあります。当然のことながら自己免疫性溶血性貧血では、問題があるのは受血者の赤血球ですので、供血者は通常の赤血球MAPでかまいません。
(1998年12月21日 認定臨床検査医 村上純子(No.370))
(Q)核酸増幅検査で結核菌陽性となった場合はすべて排菌患者として対処すべきでしょうか。(鹿児島県 臨床検査技師)
(A)核酸増幅検査で結核菌(+)なら結核症として対処します。ただし塗抹(−)なら隔離の必要はなく、外来で治療可ですが、塗抹(+)なら隔離が必要です。4週〜8週后の培養検査の結果も参考にして下さい。
(1998年12月18日 日本臨床検査医会 一山 智(京都大学病院検査部))
(Q)ヘパリン採血した血液や、クロットH等の凝固促進剤を入れて凝固させた血液を、輸血検査に用いても大丈夫でしょうか。
(A)(1)ヘパリン採血した血液による輸血検査
抗体スクリーニングや交差適合試験には補体の関与が必要であり、原則として新鮮な血清を用いることになっています。脱Caした血漿は使わないのが原則です。しかし、最近では心臓術後や透析など抗凝固療法が施行されている患者さんや、高次救命救急センターの患者さんのように1分1秒を争うような場合が増えており、これらのケースでは、往々にして血清分離まで待つことはできません。また、中途半端な凝固状態で検査途中にフィブリンが析出すると、その処理に余計な時間がかかってしまいます。
正確な割合はわかりませんが、実際にはヘパリン加血漿を検査に用いている施設が少なくないようです。また、自動輸血検査システムでは、フィブリンの析出による誤判定を避けるために、ヘパリン採血を前提としているシステムもあるそうです。抗凝固目的で添加するヘパリン量は微量なので、これまでヘパリンに起因すると考えられるトラブルを経験した施設はないようです。
(2)凝固促進剤で凝固させた血液による輸血検査
クロットHは、ヘパリン加血液用の凝固促進剤です。「トロンビン活性を保護し、さらに血漿および血小板の一部の凝固因子に特異的に作用する特殊な活性化剤で、活性トロンボプラスチン、トロンビン、フィブリン等の生成を強力に進め、血液凝固を促進させる」「必要以上に用いると検査値に影響する」と能書に記載されています。しかし実際には、クロットHを使用している施設もあり、特に問題は起きていないようです。
(1998年11月21日 認定臨床検査医 村上純子(No.370))
(Q)凝固検査の抗凝固剤としてクエン酸ナトリウムが用いられるのはなぜでしょうか。またEDTA塩を用いないのはなぜでしょうか。(長野県 臨床検査技師)
(A)凝固検査における抗凝固剤の目的は、血漿中のカルシウムイオンの濃度を低下させ、検査実施まで凝固反応が起こらないようにすることにあります。測定開始時には改めて必要なカルシウムイオンを添加することになります。カルシウム塩を形成する中性塩のクエン酸塩やシュウ酸塩は、このような測定系に適しています。以前はシュウ酸塩が用いられていましたが、クエン酸ナトリウムと比較して、時間とともに第V因子や第VIII因子の活性の低下を起こしやすく、またPTも長めになる傾向があります。一方液状で使いやすいクエン酸ナトリウムは、1953年トロンボプラスチン形成試験の際に使用されたのが世界で最初です。この時は、血液と等張の3.8%のクエン酸ナトリウム(5水塩)が用いられ、やがて国際標準化委員会の働きかけで109mM、3.2%クエン酸塩ナトリウム(2水塩)へと標準化されました。
血球算定の検査の際に通常用いられるEDTA(ethylene diaminetetraacetic acid)の場合は、最も代表的なキレート化剤で、カルシウムイオンを中心に最も安定した5員環を有する錯体を形成します。さらにEDTAはその他の多くの金属とも安定した錯体を形成するため、カルシウムを含む金属イオンの定量分析に用いられています(EDTA滴定)。
ところで、EDTA滴定において金属が水酸化物として沈殿するのを防ぐために用いる補助錯化剤として、鉄とのキレート作用を持つクエン酸塩が用いられます。したがってクエン酸塩の抗凝固活性には、このキレート作用がかかわっている可能性もあると思います。
実際に血球数算定に用いられている1.8mg/ml EDTAを、凝固学的検査の際に使用すると、APTT、PTともに、クエン酸よりも少し長めの結果となります。また凝固のポイントは用手法でみる限りでは、分かり難い印象を受けます。そして塩化カルシウム濃度を上げると、一層凝固のポイントは分かり難く、時間をかけてゼリー状に固まります。むしろ通常の2分の1、0.0125Mの塩化カルシウムの方が、凝固点はわかりやすく、時間も短縮します。ただし、正常検体をバッファーで希釈し、APTTの延長をみていくと、1.2倍程度までの希釈ではAPTT時間は変化しません。このような結果から、少なくとも血液検査で一般に利用されている濃度のEDTAは、凝固検査に適しているとは言えません。それに加えて、標準血漿や凝固因子欠乏血漿はクエン酸ナトリウムを用いて採血されたものですから、 EDTA採血された検体では、各凝固因子の定量測定は不可能となってしまいます。
このように、クエン酸ナトリウムは使い易く、既に標準化されていますが、今のところEDTAについて十分な検討はなく、標準化もされていないので、臨床検査に用いることはできません。
【参考文献】
- [1]
- F.W. Fifieid and D. Kealey :分析化学 I 、1998、丸善
- [2]
- 黒川一郎 他:臨床検査科学、1983、南山堂
- [3]
- 福武勝博 他:血液凝固 止血と血栓 下巻、1982、宇宙堂八木書店
- [4]
- Biggus. R. and Douglas , A. S.:The thromboplastin generation test. 1953、J. Clin. Path. 6: 23-29
(1998年11月8日 認定臨床検査医 腰原公人(No.338)、福武勝幸(No.255))
(Q)甲状腺自己抗体の抗TPO抗体、サイログロブリン抗体検査について、(1)測定値は治療により変動するのでしょうか、(2)RIA法とEIA法の基準値が異なるのはなぜでしょうか。
(A)順に説明します。
(1)抗TPO抗体、抗サイログロブリン抗体検査の治療による変動
バセドウ病の治療によって、TSHレセプター抗体(TRAb)が減少することは知られていて、治療効果の判定にも利用されています。一方、抗TPO抗体や抗サイログロブリン抗体については、従来は測定法が凝集を目で見る半定量法だったということもあり、小さな変動はとらえにくく、変化がほとんどないというのが通説でした。しかし、近年のRIAやEIAによる定量法の普及により、わずかな変化もとらえられるようになった結果、バセドウ病を抗甲状腺薬(メルカゾール)で治療すると、約6ヶ月後に抗TPO抗体は減少し、一方抗サイログロブリン抗体は変化しないことが報告されています。しかし、病態との因果関係についてはまだよく分かっていません。また臨床的な意義についても、今のところTSHレセプター抗体のようにはっきりしたものは分かっていません。
【参考文献】
- [1]
- Takamatsu J., et al: Changes in serum autoantibodies to thyroid peroxidase during antithyroid drug theraoy for Graves' disease. Endocrine J., 37:275-283, 1990.
- [2]
- 高松順太、山野由里子、吉田滋、坂根貞樹.抗サイログロブリン抗体、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体の臨床的意義.NISSUI TECHNOMEDIA 1: 20-30,1997.
(2)RIAとEIAで基準値が違う理由
現在、日本で使用されているのは、RIAは大部分がコスミック社の製品、EIAは日水製薬の製品です。これら両者は開発の経緯が異なるため、標準物質が異なります。前者は抗体価の高い家兎血清であり、この力価をキットの1単位と規定しています。後者はWHO標準品に準拠して作製された血清で、WHO標準品と同じになるよう単位が決められています。これ以外の要因も無視できませんが、このように両キットのスタンダードが異なるのが基準値の異なる最大の原因ではないかと思います。
なお、従来より基準値の統一を求める声は強いのですが、未だに実現していません。
(1998年10月27日 認定臨床検査医 池田 斉(No.277))
(Q)血液透析患者でASTやALTが著しく低い値になるのはなぜでしょうか。(愛知県 臨床検査技師)
(A)日常検査で観察されるAST、ALTの低活性例の多くが血液透析患者であり、特にALTについては測定不能なほど低活性の症例をしばしば経験します。また、保存期慢性腎不全患者でも腎不全の進行に伴ってAST、ALTの低下傾向がしばしば認められます。その成因については多くの検討がなされていますが、相矛盾する報告も多く、症例により複数の機序が関与している可能性が考えられます。
これまで報告されている低トランスアミナーゼ血症の成因は、大別すると以下の2つになります。
(1) ビタミンB6欠乏
AST、ALTは補酵素としてビタミン(V.)B6の誘導体であるピリドキサルリン酸(PLP)を必要とし、健康人血清中にもPLPが結合し酵素活性を有するホロ酵素と、PLPが結合せず活性を示さないアポ酵素とが存在します。PLPと両酵素の結合は比較的強く、一度ホロ化した酵素は容易にはアポ化しにくいため、血清中に存在するアポ酵素の由来は細胞内で合成された酵素蛋白がPLPを結合する前に逸脱してきたものと推定されています。
補充療法を受けない血液透析患者ではV.B6はもっとも欠乏しやすいビタミンであり、その頻度も高い(1/3〜半数以上)とされます。PLPは血中ではアルブミンと結合しているため、V.B6欠乏の原因は透析による除去よりも摂取・吸収不良とされています。(近年一般的になっているハイパフォーマンス膜では欠乏がおこりやすいという報告があります。)
V.B6欠乏によって細胞内PLP濃度が低下すると、血中のホロ酵素が減少し、アポ酵素が相対的に増加します。我が国では血清トランスアミナーゼ測定にPLPを添加しない測定系(JSCC準拠法)が一般的ですので、PLPを添加してアポ酵素を活性化する測定系(IFCC準拠法)に比して、V.B6欠乏時は測定値が低値となります。
(アポ酵素は不安定なため、IFCC準拠系でもアポ酵素増加時には測定値が低下するとする研究者もいます。)
(2) 腎不全物質による酵素活性の阻害
V.B6は容易に補充可能なビタミンであり、透析患者でも臨床症状としてV.B6欠乏を呈する例はまれです。V.B6(PLP)動態の検討で欠乏を認めない患者にも低値を呈する例が認められる点から、血液透析でも十分除去されない、何らかの尿毒症物質の存在によって、酵素あるいはPLP代謝に異常が生じ、活性が抑制されるという機序が推定されています。
具体的な物質の同定やその機序についての検討は少ないのですが、Van Lenteらは尿素から形成されるシアン酸塩によってアポ酵素のPLP結合部位がカルバミル化されて酵素活性が失われることを、考え得る機序の一つとして上げています。
ご質問のようにアポ活性の相対的増加を伴う低トランスアミナーゼ症例では、まずV.B6欠乏の可能性を鑑別すべき所見と考えます。
V.B6欠乏以外にアポ型トランスアミナーゼの増加を来す病態として、肝疾患(特に肝癌)や急性心筋梗塞が報告されています。肝疾患ではピリドキサールキナーゼの活性低下(肝癌ではPLPの異化亢進)が、後者ではアポ・ホロ型酵素の血中逸脱時期の差やアイソザイム組成によるPLPとの結合性の差が関与すると考えられますが、明確な増加機序は不明です。
【参考文献】
- [1]
- Rej R.:Aminotransferase in Disease, Clinics in Laboratory Medicine 9: 667-687, 1989
- [2]
- 大久保昭行:血清GOT測定とピリドキサルリン酸の効果、ビタミン 54: 511-519, 1980
- [3]
- 大久保昭行・亀井幸子:トランスアミナーゼ、血清酵素の異常-病態へのアプロ ーチ(医学書院):1-26、1985
- [4]
- Yasuda, K. et al: Hypoaminotransferasemia in Patients Undergoing Long- term Hemodialysis: Clinical and Biochemical Appraisal, Gastroenterology 109: 1295-1300, 1995
- [5]
- Van Lente F. et al: Carbamylation of Apo-Asparateaminotrasferase: A Pos- sible Mechanism for Enzyme Inactivation in Uremic Patients, Clin Chem 32: 2107-2108, 1986
(1998年10月24日 認定臨床検査医 三宅一徳(No.283))
(Q)血便の患者の糞便培養でKlebsiella oxytoca が純培養状に検出されましたが、病原細菌と考えて良いでしょうか。(臨床検査技師)
(A)ご質問のような症例は小児によくみられ、ペニシリン系の経口剤を服用したあと出血性下痢になり、K.oxytocaが検出されるというのが典型的な経過です。ただし、いくら調べてもK.oxytocaにそのような症状を引き起こす病原性はみつからないので、今のところ起炎菌とは考えにくいと思います。恐らく別の病原体が隠れているか、あるいは抗生物質が何らかの副作用を及ぼしているのではないかという可能性が疑われています。K.oxytocaはたまたまペニシリン系に耐性なので、細菌叢のなかで優勢になったに過ぎないと考えられていますが、将来新たな病原因子が発見される可能性は残っています。
したがって、現時点ではK.oxytocaが検出されても、腸管感染症の病原細菌として扱うことはありません。
(1998年10月19日 認定臨床検査医 菅野治重(No.317))
(Q)PTHの各種測定法の違いを教えて下さい。
(A)PTHは副甲状腺から分泌された後、末梢組織でC末端フラグメントとN末端フラグメントに分解されます。生物学的活性があるのはPTHおよびN末端フラグメントですが、これらは血中半減期が数分と短いのに対し、C末端フラグメントは45〜90分と比較的長くなっています。PTHの測定法はこれらの分子のどれを検出しているかによって分けられます。
(1)インタクトPTH(PTH全体を検出)
(2)PTH-M(PTHの中間部即ちPTH全体+C末端フラグメント+中間部断片を検出)
(3)PTH-C(C末端即ちPTH全体+C末端フラグメントを検出)
(4)PTH-N(N末端即ちPTH全体+N末端フラグメントを検出)
それぞれ検出対象となる分子の生物学的活性と半減期の違いにより、測定目的に合った方法が選ばれることになります。ただし、おおまかに言って数字の若い測定法ほどより精度がよく、実際には(1)のインタクトPTHがよく使われています。ただしインタクトPTHは不安定なためにすぐに分解されてしまうので、採血後直ちに冷却遠心してEDTA血漿を分離・凍結するなどの注意が不可欠です。
(1998年10月19日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)クリプトスポリジウム原虫感染症の治療法について教えて下さい。
(A)クリプトスポリジウム原虫の感染では激しい水様性下痢が主症状ですが、通常は8〜20日で自然治癒します。重症の場合は経口的に水分補給を行います。ただし免疫不全状態にある人の場合何らかの特異治療が必要と考えられますが、残念ながら現時点では確実に有効な薬剤あるいワクチン等はありません。
(1998年10月16日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)先日3歳の男児で次のような結果が外注検査センターから返ってきました。どのような原因が考えられるでしょうか。
|
1回目 |
再検 |
APTT |
69.8sec |
28.3sec |
PT |
17.0sec |
9.7sec |
PT活性 |
41.0% |
177.7% |
(A)回答するにはいくつか確認の必要な点があります。
- 再検は1回目の検体の再検でなく、新しく採血したものですか?
- 新しく採血した日時は、1回目の採血日時とどれくらい違いますか?
- それぞれについて、フィブリノゲンの測定を行っていますか?
- 3才男児とのことですが、出血症状(or血栓)はあったのでしょうか?(凝固検査をした理由)
- 外注センターは同一ですか?測定機器・試薬は?
- 外注センターに検体を提出するときに、血漿分離を行い、血漿を凍結して提出していますか?
以上の点がはっきりすれば、1回目と2回目が違う原因についてある程度推定することができます。一般的に言うと、ご質問にあるようなことが起きる原因としては、膨大な種類の可能性が考えられます。大きく分けると
- 臨床的に両者とも患者の正しいデータである場合
- 検査時に過誤があった場合
があります。1は上記の情報によって特定できると思います。2には以下のようなことが考えられます。
○検体採取時: 採血に時間がかかったため部分凝固していた
抗凝固剤(クエン酸Na)との混和が不充分
採血管の間違い
患者(ID)ラベルの貼り間違い
○分離分取時: 血漿分離後分取時の検体の取り違え
○検体提出・搬送時: 検体の取り違え
パラフィルムで密栓したものをドライアイスで運んだ
○検査時: 1回目に用いた試薬の劣化、量の過少、阻止物質の混入
○データ処理報告時: データの誤入力
(1998年9月18日 認定臨床検査医 佐守友博(No.179))
(Q)100%酸素供給中の血液ガス検査の正常範囲を教えてください。
(A)血液ガス分析は患者さんの呼吸状態の管理を主目的とするものですから、酸素吸入中であっても、動脈血酸素分圧(PaO2)を除く各項目については生理的状態での基準値が臨床的判断値(decision value)として準用されます。
PaO2値は吸入気中の酸素濃度に依存するため、その判定は以下の関係式から肺胞気酸素分圧(PAO2)を求め、肺胞レベルでのガス交換指標である肺胞気-動脈血酸素分圧較差(AaDO2=PAO2-PaO2)とともに評価します。
PAO2=(PIO2)-(PACO2/R)
ここで、PIO2 (吸入気酸素分圧)=(大気圧−飽和水蒸気圧)×酸素濃度
PACO2 (肺胞気炭酸ガス分圧)=PaCO2(動脈血炭酸ガス分圧)
R (呼吸商:二酸化炭素排泄量と酸素摂取量の比):通常0.85程度
例えば30%濃度の酸素吸入時のPAO2値は、PaCO2が40Torrであれば、
PAO2=(760-47)×0.3-(40/0.85)=167Torr
となります。AaDO2は健康人では10Torr以下ですので、PaO2値が157Torr程度であれば正常、AaDO2が20Torrを越えていれば、肺胞での拡散障害、換気/血流比の不均衡、右左シャントなどの存在を考えます。酸素投与時のPaO2値自体は、治療による目標値(target value)としての性格が強く、麻酔中の患者で100Torr以上、慢性呼吸不全に対する酸素療法では病態により60〜80Torr以上を目標に設定して酸素濃度が調節されます。
なお、呼吸性因子による血液ガス分析値の変動は迅速で、呼吸単位に異なるといわれます。このため、麻酔時にはパルスオキシメーターによる動脈血酸素飽和度(SaO2)の持続モニタリングが用いられています。しかし、SaO2はヘモグロビンの酸素解離曲線の特性からPaO2が比較的高い値の場合変動が少なく、pHやPaCO2値によって酸素解離曲線自体が変動する点に注意する必要があり、動脈血ガス分析値との併用が行われています。
(1998年9月7日 認定臨床検査医 三宅一徳(No.283))
(Q)蓄尿に用いられる添加物の検査項目による違いについて教えてください。
(A)生化学検査を目的とする蓄尿時に用いられる添加物は、トルエン(キシレン)、塩酸、アジ化ナトリウム、チモール、ホウ酸、酢酸、ヒビテン、クロロホルム、EDTAなど種々の物質があります。これらの添加物は、(1)微生物の増殖と臭気発生の防止を主目的とするもの(いわゆる防腐剤)と、(2)防腐効果に加え測定対象とする特定成分の変性・分解の阻止を計るものとに大別できます。
単なる防腐剤として添加するのであれば、十分な防腐効果があって、測定成分や測定系に影響を与えない限り、理論的にはいずれの添加物を使用してもよいことになります。また、安定な成分については、防腐剤を加えず冷所で蓄尿するという方法を選択することも可能です。(但し、一般に安定と考えられている物質であっても、尿路感染症を有する患者や自動蓄尿器使用時には測定値が大きく変化することがあり、注意が必要です。)
一方、特定成分の変性・分解防止を目的とする場合(上記(2))では、指定の保存剤の添加が必須です。代表例としてカテコールアミン類に対する塩酸の添加があります。この場合、塩酸添加によりpHを1〜3に維持して酸化による測定値低下を予防しないと、偽低値による診断過誤を惹起する可能性があります。また、蓄尿によるCペプチド測定ではアジ化ナトリウムの添加により酵素的分解を阻止した方が、真値に近い測定値が得られるとされています。
ご質問のように複数の検査が重複する場合ですが、上記 (2)の添加剤が必要な検査がある場合、その添加物を優先して使用し、その尿で他の検査が実施できるかどうか確認することになります。通常、問題となることが多いのは、塩酸蓄尿を必要とする検査とその他の検査の組み合わせです。塩酸蓄尿では、クロール測定は無意味ですし、酸性で分解・低下するβ2ミクログロブリン測定は偽低値となります。また、Cペプチド、17KS測定にも不適とされています。このような場合、検査日を変更して実施する必要があります。
一般に、酸性蓄尿に限らず、指定以外の保存剤の使用は、同じ検査項目であっても、用いられる測定法、測定機器によって測定値の変動の程度が異なる可能性があります。したがって、上記のように明らかに不適な組み合わせ以外でも、委託先の衛生検査所に測定の可否を必ず確認しておくべきです。
現実には衛生検査所側でも検討していない組み合わせもあり、確認作業に時間がかかることもあると思いますが、サンプリングに関連する検査前誤差の管理も検査担当者の重要な業務の一つです。毎回の確認作業が煩雑であれば、衛生検査所側に日常使用される保存剤について各項目の測定可否を記載した一覧表の作成を依頼してはいかがでしょうか。
【参考文献】
- [1]
- 丹羽正治:1.尿、p1-14、人体成分のサンプリング―排泄液、講談社サイエンティフィック、1972
- [2]
- 伊藤機一:1.一般検査、臨床病理、特集103号、81-91、1996
(1998年9月7日 認定臨床検査医 三宅一徳(No.283))
(Q)本態性血小板増加症で血清カリウム値が上昇するのはなぜですか。(広島県 臨床検査技師)
(A)細胞内のカリウム濃度は血清のおよそ35倍に達します。大量の血小板が凝集すると細胞質とともに高濃度のカリウムが多量に放出され、血清中の濃度が上昇します。これを偽性高カリウム血症といい、この場合は血漿で測定すれば正しい値が得られます。
(1998年9月3日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)郵便検診で誤診が起こったとき、薬事法等の法的規制はあるのでしょうか。
(A)体外診断薬等につき薬事法で規制を受けるのは、業として販売または授受を行うことだけで、認可されているものを使うことが原則となっているのは、保険診療の場合だけです。したがって自由診療の場合には、極端に言えば未承認の試薬や装置を使っても薬事法には触れません。但し、麻薬、危険物の使用あるいは環境汚染といった問題は別の法律で規制を受けます。
また検診は医師法上の「医業」とみなされますので、業として行う場合は医師の資格が必要で、また行う施設は医療法の規制を受けます。したがって郵便検診であろうと通常の人間ドックであろうと、特に扱いは変わりません。
むしろ郵便検診で問題になるのは、検体採取や運搬時に専門家がかかわらないために、検査精度に不安がある点で、この辺りがグレーゾーンとなります。郵便検診で誤診が起こり受診者が損害を被った場合、相手方の不法行為の有無あるいは程度により刑事あるいは民事上の責任が生じますが、その認定は必ずしも容易でなく、通常の医療過誤と同じ道をたどると思われますが、実際の判例はまだないようです。
したがって現状では、利便性と精度の問題を秤にかけ、受診者の責任において利用していただくということになります。またPL(product liability; 製造物責任)法の観点から見れば、実施機関は予め精度の限界を受診者によく説明し、結果を過信しないように十分指導する責任があるということになるでしょう。
(1998年8月6日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)MRSAの判定において、オキサシリン耐性、セフェム感性のS.aureusが検出されました。どう判断すべきでしょうか。
(A)NCCLSでは、MRSAの日常検査として、希釈法およびディスク法のどちらにおいても、オキサシリンまたはメチシリンを用いることを推奨しています。しかし、これらの薬剤感受性がボーダーラインの成績を示し、判定に迷うことも少なくありません。ご質問にあるように、セファゾリンなどのセフエム系に感性の場合、MSSAではないかと疑われることもよくあります。
本来MRSAを正確に決定するためには、ペニシリン結合蛋白を調べ、PBP2’を検出する必要があります。しかし、日常検査として行うことは困難なので、オキサシリンを日常検査に用いている施設では、メチシリンで再検査して決めるのもひとつの方法と考えます。NCCLSからも報告されているように、現在はオキサシリンで検出されるMRSAがほとんどでですが、施設によってはメチシリンを用いた方が検出しやすい場合もあるようです。また、MRSAかMSSAかの判定に迷うような株が多数検出される揚合は、一度専門機関に検査を依頼してみてはいかがでしようか。
(1998年7月14日 認定臨床検査医 猪狩 淳(No.30))
(Q)新規収載検査の審査過程、D-1・D-2等の分類、区分、包括化について、基本知識として知っておくべきことを概説してください。(東京都 臨床検査医)
(A)以下に要点を説明します。
1)新規収載の検査項目導入は、2年毎の改定の際に導入されることもありますが、通常は日本医師会で月2回行われる日本医師会の疑義解釈委員会で審議されます。疑義解釈委員会ではD-1と呼ばれる検査項目と検査法のいずれもが新しい検査と、D-2と呼ばれる測定法だけが新しい検査の2つに分けられます。D-3はゾロ品で、これについてはこの委員会では審査せずに、厚生省の方で、規格に合えば認可しています。D-1とD-2の検査は共に臨床的意義が認められなければ、承認されません。
疑義解釈委員会では、日本臨床病理学会の代表として、慶応義塾大学の渡辺清明教授と私が出席し、新規収載の検査を中心に検査のことについては、われわれが答申を行なっています。この答申に対し、厚生省から整理案が出され、健康保険への適応の可否と保険点数が決定します。最終案が中医協で承認され、翌月の1日付で保険局医療課長名で全国に通知されます。
平成4年4月から平成9年3月までの5年間において、疑義解釈委員会で保険に新規収載された件数は84件、1年間平均16.8件になります。この5年間に新規収載の検査で最も多かったのは血液化学検査で21件、次いで感染症血清反応13件、腫瘍マーカー9件、自己抗体検査8件、微生物核酸同定・定量検査8件、肝炎ウイルス関連検査6件などの順になります。
昭和56年より生化学検査を中心として急速に包括化が実施されましたが、平成10年度でさらに進みました。生化学検査の包括化の推移とその影響を昭和56年と平成10年の17年間についてみると、最初の保険点数から減少し48〜64%になりました。
2)新規収載検査の準用先区分については医科点数表の解釈(社会保険研究所出版)を見てください。区分は大別すると下記のようになっています。ここの中で同一のものか、最も類似している検査点数を準用します。
D000 |
尿中一般物質定性半定量検査 |
D013 |
肝炎ウィルス関連検査 |
D001 |
尿中特殊物質定性定量検査 |
D014 |
自己抗体検査 |
D002 |
尿中沈渣顕微鏡検査 |
D015 |
血漿蛋白免疫学的検査 |
D003 |
糞便検査 |
D016 |
細胞機能検査 |
D004 |
穿刺・採取液検査 |
D017 |
排泄物、滲出物又は |
D005 |
血液形態・機能検査 |
|
分泌物の細菌顕微鏡検査 |
D006 |
出血・凝固検査 |
D018 |
細菌培養同定検査 |
D007 |
血液化学検査 |
D019 |
細菌薬剤感受性検査 |
D008 |
内分泌学的検査 |
D020 |
抗酸菌分離培養検査 |
D009 |
腫瘍マーカー |
D021 |
抗酸菌同定検査 |
D010 |
特殊分析 |
D022 |
抗酸菌薬剤感受性検査 |
D011 |
免疫血液学的検査 |
D023 |
微生物核酸同定・定量検査 |
D012 |
感染症血清反応 |
D024 |
動物使用検査 |
3)検査の包括化の中で検査の臨床的意義が類似する複数項目(2〜5項)を実施した場合に種々のしばり(制限)がつくようになりました。そのしばりの内容を下記に示しました。
(1) 複数項目を同時に実施しても1項目しか算定できないもの
(2) 複数項目を実施しても2項目しか算定できないもの
(3) 計算すれば値が求められるため2項目しか算定できないもの
(4) 複数の材料では同時に算定できないもの
(5) 測定項目数と点数に上限があるもの
(6) 3項目以上測定しないと算定できないもの
など多様化しています。このような同時測定項目の算定時のしばりがついたものを別表に示しましたのでご利用ください。今後、追加しますので、時々ご覧になってください。
(1998年7月6日 認定臨床検査医 森 三樹雄(No.45))
(Q)インターネットに接続すれば無料で文献検索が出来ると聞きました。ぜひ具体的方法を教えてください。(埼玉県 臨床検査医)
(A)医学および関連分野の文献データベースとして、一番広く使われているはMEDLINEでしょう。MEDLINEがCD-ROMの形で供給されるようになって以来、文献検索の時間が大幅に節約でき、さらにその結果をその場で印刷したり、フロッピー・ディスクにダウンロードしてあとで利用することができるようになり、大学の勤務医等は非常に大きな恩恵を受けています。ただし、それ以外の医療機関の勤務医あるいは開業医の方々は、大学まで出向かなければこのCD-ROMは利用できませんでした。しかし最近では、MEDLINEもインターネットを介して無料で検索できるようになり、ご自宅からでも、いつでもMEDLINEが自由に利用できる時代になりつつあります。これを使わない手はありませんので、是非チャレンジされることをお勧めします。
インターネットで利用できるMELINE検索のサービスは有料で提供されているものと、無料で提供されているものがありますが、ここでは後者の例をご紹介します。習うより慣れろですので、お手近にあるインターネットに接続できるコンピュータで、アドレス http://www.medical-tribune.co.jp/ にあるMedical Tribuneのホームページをご覧ください。ここにインターネットを利用した医学文献検索 (無料MEDLINEの利用法)が載っていますので、後はこのページの解説を読んで、その指示に従えば、自由に文献検索ができるようになるはずです。
あるいは、日本糖尿病学会 のホームページ(http://www.jds.or.jp/)から、Free MEDLINE for Diabetesをクリックすれば、糖尿病関連の文献は自由に検索できます。またサーチエンジンが使えれば、MEDLINE以外のデーターベースも利用できるようになります。
繰り返しになりますが、この回答を詳しくお読みいただくよりも、実際に上記のどちらかのホームページにアクセスして、まずはその便利さを体験していただくことを強くお勧めします。
(1998年7月6日 認定臨床検査医 熊坂一成(No.236))
(Q)ポ−ルバンネル反応で、まず37℃2時間、その後冷蔵庫に1晩放置、さらに判定前に37℃15分間という温度条件は、どのような理由から設定されているのですか。
(A)Paul-Bunnell反応は、異好抗体のひとつであるPaul-Bunnell(P-B)抗体を検出するための検査法です。1932年Paul&BunnellがHanganutziu-Deicher(H-D)抗体を研究中、伝染性単核症の患者血清に高力価に検出されると報告して以来、臨床的に用いられるようになりました。1937年、Davidsohnは、吸収試験によってH-D抗体とは特異性の異なる抗体であることを証明しました。現在、H-D抗体の抗原エピトープはN-glycolylneuraminic acidであることが明らかにされていますが、P-B抗原エピトープの構造は未決定です。
ところで、P-B反応には驚くほど多数の術式があります。このうち、温度条件についてみると大きく(1)室温2時間、(2)37℃2時間、(3)室温一晩、(4)37℃2時間、冷蔵庫2時間、37℃15分の4種類があります。Paul&Bunnellの原著(Amer.J.Med.Sci. 183, 90, 1932)を参照することができなかったためその記載は不明ですが、Davidsohnの原著(JAMA 108, 289, 1937)では、室温2時間となってます。一方本邦の教科書でみると、臨床検査実習提要(第26版, 1972)では室温(10〜20℃)一晩放置とあり、臨床検査講座血清学(第1版, 1972)には質問された温度条件が設定されています。
これらの温度条件が結果にどのように影響を与えるかについては、わずかに熊谷の検討(日新医学38, 679, 1951)があるにすぎず、ここでは室温一夜放置が最も良いと結論されています。残念ながらご質問の温度条件についての検討報告は不明ですが、抗原抗体反応の通性から考え、反応感度を最大限あげるため、一次反応を37℃で行い、二次的に抗原抗体複合体同志の格子形成を促進するために低温に置き、更に37℃15分加温し、寒冷性凝集系による非特異的反応を排除するよう配慮したものと考えられます。多くの血清検査(Waaler-Rose反応、Widal反応、Weil-Felix反応など)においても、このような温度条件がみられます。
しかし、熊谷の検討からも明らかなように、37℃2時間、あるいは室温一晩で十分と考えられますし、その程度の精度の検査法であるとも言えます。
現在、伝染性単核球症は、EBVの感染症として特定されており、EBVの各種抗原エピトープに対する抗体を検出することが日常化しています。
(1998年6月29日 認定臨床検査医 伊藤忠一(No.118))
(Q)血小板数が141万/μlという異常高値を示す患者さんがいました。通常の検査ではLDH、血清Kがやや高値、APTTがやや延長している以外は他に異常を認めません。どのような病気が考えられますか。(福岡県 臨床検査技師)
(A)血小板が100万/μl以上のときは、骨髄増殖性疾患(myeloproliferative disorders; MPD)の中の、「本態性血小板増加症(Essential Thrombocythemia; ET)」と診断できます。反応性の血小板増加では、血小板数が100万を越すことはまずありません。白血球増多もなく、貧血もないので、まず間違いないと思います。診断には、骨髄穿刺・骨髄生検・染色体検査などが必要です。末梢血の好中球アルカリフォスファターゼ(NAP)も施行します。ほかの骨髄増殖性疾患(慢性骨髄性白血病・骨髄線維症・真性多血症)を除外診断することが必要です。ほかの疾患が除外できて、血小板数100万以上が持続するときは、ETと診断可能です。
ETでは、血栓症を合併する場合と出血傾向を合併する場合とがあります。血栓症は血小板数が多いためと考えられており、通常抗血小板剤を投与します。ただしその前に、出血傾向があるかないかを臨床的に調べる必要があります。通常、出血時間(IVY法)、フォン・ウイルブランド因子、血小板機能検査(粘着能・凝集能)を施行し、出血傾向がない場合は、抗血小板剤を投与します。
また、MPDは経過により互いに移行する症例があり、末期に、骨髄線維症や急性転化(急性白血病化)を起こすこともあります。特に、血小板増多では骨髄の線維化を起こしやすいといわれ、血小板数のコントロールのため、ハイドレアなどの抗癌剤の一種で治療する場合もあります。
(1998年6月17日 認定臨床検査医 川合陽子(No.316))
この症例では血小板由来のカリウムによる偽高K血症が疑われますので、ヘパリンリチウムを抗凝固剤として採血し、再測定されてはいかがでしょうか。またLDHの上昇も、血小板の凝集による偽高値である可能性があります。
(1998年7月5日 認定臨床検査医 熊坂一成(No.236))
(Q)MRSAの保菌者について、感染者との鑑別法および院内感染対策上の取り扱い、特に除菌の適応について教えてください。(島根県 臨床検査技師)
(A)MRSAの保菌と感染を厳密に区別することは困難なこともあります。しかし下記の疾患の臨床症状があり、その原因菌がMRSAと判断された場合は、保菌ではなく感染とします。
- 呼吸器感染症―肺炎、肺化膿症、膿胸
- 敗血症、感染性心内膜炎
- 術後感染症
- 消化管感染症(高熱を伴う急性水様下痢で、便にきわめて多量のMRSAが存在する場合―グラム染色で診断可能です)
- 褥瘡
- 尿路感染症
- これ以外であっても、その臓器特有な感染症状があり、そこから採取された検体からMRSAが分離された場合
MRSA保菌者は、通常は積極的に治療の対象とすべきではないと考えますが、同室患者で、保菌者のとなりに易感染患者がいるような場合は、除菌の対象になるでしょう。ただし、本来は易感染患者をMRSA保菌者から逆隔離するのが原則です。なお、院内感染対策におけるMRSA保菌者の取り扱いについては、個々の病院の機能、病棟・個室の状態によって違いますので、画一的にお答えするのは困難です。むしろこの問題は、それぞれの医療機関において、院内感染対策委員会等で十分に議論して対応することが重要です。
(1998年6月17日 認定臨床検査医 熊坂一成(No.236))
(Q)クレアチニンクリアランスを測定するとき、患者さんの拘束時間をなるべく短くするにはどのような方法があるでしょうか。(青森県 臨床検査技師)
(A)内因性クレアチニンクリアランス(Ccr)は、クレアチニンが単位時間あたりどれだけ排泄されるかを見る検査で、測定法には(1)1時間法、(2)2時間法、(3)24時間法があります。
(1)1時間法:水を約500ml飲んだ1時間後に完全排尿、次いで30分後に採血、60分後に完全採尿する方法です。
(2)2時間法:水を約500ml飲んだ1時間後に完全排尿、次いで30分後と90分後に採血、60分後と120分後に完全採尿してそれぞれの平均値を用いる方法です。
(3)24時間法は1日法です。
注意点としては、完全排尿と完全採尿を徹底すること、1時間法より2時間法の方が尿量の変動の影響が少ないため優れていることです。
なお、飲水後1時間たったときにいったん尿を捨てるのは、飲水後に起こる急激な尿量増加による誤差の混入を防ぐためです。Ccrの測定は、尿量が一定でかつ1ml/分以上の尿量があるときに行うことが条件とされています。
(1998年6月17日および同月22日 認定臨床検査医 吉村 學(No.329))
(Q)一酸化炭素ヘモグロビン、メトヘモグロビンおよび胎児ヘモグロビンの臨床的意義を教えてください。(内科医)
(A)多波長分光光度法によってヘモグロビン誘導体(Hb derivative)含量を測定する装置("CO-oximeter")を用いると、脱酸素ヘモグロビン(Hb)、酸素ヘモグロビン(HbO2)、一酸化炭素ヘモグロビン(HbCO)およびメトヘモグロビン(Hi)が同時測定できます。甚だ稀ですが、スルフヘモグロビン(SHb)の存在は他のヘモグロビン誘導体の測定に干渉します。
HbCOやHiについて臨床的に注意すべきことは、これらの存在下では酸素飽和度(HbO2/(HbO2+Hb)×100%)が同じでもHbO2含量が小さくなり、Hbの酸素親和性が増加するので、酸素運搬効率が低下するという点です。
一酸化炭素中毒と診断できるHbCO含量の値については明確には定義されていませんが、次のように考えればよいと思います。
・急性一酸化炭素中毒: HbCO含量で5〜10%以上が問題となる思われますが、むしろ酸素欠乏の症状および所見を見逃さないことが重要です。ただこの濃度以下であれば、その時点では一酸化炭素中毒を否定してよいのではないでしょうか。
・慢性一酸化炭素中毒: 一酸化炭素の慢性毒性についてはよく分かっていないようです。非喫煙者のHbCO含量は約0.5%ですから、比較的クリーンな呼吸という意味で、2%が一応の目安になるようです。ただしヘビースモーカーではこれより高濃度になります。
胎児ヘモグロビン(HbF)の増加はしばしば見られ、その機序は多様です。いわゆるSwiss type hereditary persistent of fatal Hbおよび類似体質に見られるように、血球検査所見が正常なら臨床的には問題ないと考えられ、偶然見つかる高HbF血症の大部分をこれらのタイプが占めるようです。無症状の小球性貧血を特徴とするthalassemia minorのうち、β-thalassemia traitの約半数、δβ-thalassemiaの全例が軽度のHbF増加を伴います。juvenile chronic myeloid leukemiaでは著しい高HbF血症が見られます。その他骨髄異形成症候群、再生不良性貧血、骨髄性白血病、先天性溶血性貧血でもしばしば軽度のHbF増加が見られます。しかし重要なのは血球計数および血球形態であって、HbFの臨床的意義についてはよく分かっていません。
【参考文献】
- [1]
- 大庭雄三:カルボキシヘモグロビン血症(一酸化炭素中毒症).日本臨床増刊号「血液症候群」、印刷中
- [2]
- 大庭雄三:後天性メトヘモグロビン血症.日本臨床増刊号「血液症候群」、印刷中
- [3]
- 大庭雄三:HbF、HbA2(ヘモグロビンF・A2).臨床医 vol.19 増刊号、360-361、1993
(1998年6月15日 認定臨床検査医 大庭雄三(No.136))
(Q)同じ項目なのに測定法が変わると時系列比較ができず困っています。それぞれの正常参考値の上限(x1, y1)と下限(x2, y2)の値を用いて、下記のような比例式に当てはめて換算する方法で比較することはできないでしょうか。
y = ax + b
傾き:a = (y1 - y2) / (x1 - x2)
y切片:b = y1 - ax1
また実際にやってみるとy切片がゼロにならないのはなぜでしょうか。(鹿児島県 内科開業医)
(A)同じ検査項目でも、測定施設あるいは測定法が変わると値が異なってしまい、時系列比較が困難になるのは大変困った問題です。この解決のため関係機関や専門家が臨床検査の標準化に向けて努力を続けていますが、現時点ではようやく一部の項目が統一されたに過ぎず、多くの酵素や免疫学的検査では未だに根本的な解決がなされていません。ご質問にある方法で便宜的に値を換算するのはひとつの考え方ですが、次のような問題点があります。
この方法が成り立つためには、2つの正常参考値の間で次の前提条件が満たされている必要があります。
(1)2つの正常参考値が同じ母集団から正しく採取された標本集団によって求められていること: いわゆる「健常者」の検体を相当数集めるのは容易ではなく、実際には企業内ボランティアや検診の検体を流用している場合が殆どであるため、年齢分布等の偏りをなくすことは困難です。したがって厳密に正しく標本採取が行われているとは限らないのが実情です。
(2)2つの正常参考値を求めるときに用いられた測定方法が互いによく相関すること: 同じ検体を異なる方法で測定したとき、きちんと直線関係が成り立つことです。技術的進歩により、現在では多くの検査項目の複数の測定法間で、かなり良好な相関関係が保たれるようになりました。
(3)正常参考値を求めるときに用いられた測定方法が同じ測定誤差をもつこと: 正確度の指標のひとつとして変動係数(CV、ある測定値のばらつきの標準偏差を平均値で割ったもの)が用いられます。生化学項目では大体5%前後に収まっていますが、測定法により差があります。正常参考値の幅の大きさは、個体内変動と個体間変動に加え、測定値の技術的変動により左右されるので、測定誤差が異なる測定法の間では、厳密には一致しないことになります。
(4)正常参考値を求める統計処理が同じ方法であること :健常者の測定値は正規分布をするとは限りません。そのため、対数変換等による処理と、異常値の棄却を行って正規分布に当てはめてから(平均値)±(標準偏差×2)で求めるのが通常です。今のところそのやり方は統一されていないので、求めた施設によって異なる恐れがあります。
これら(1)から(4)までのいずれの条件が異なっていても、異なる測定法で求められた正常参考値の上限や下限の値は、互いに対応付けできないことになります。現状ではこれらすべての条件を満たすことは困難なので、ご質問にあるような比例式に当てはめて換算しても、厳密には意味のない値ということになります。したがってy切片がゼロにならないのも当然ですので、むしろもっと大ざっぱな参考程度にその換算値を利用されることが現実的ではないか思います。
なお、似たような考え方で、異なる測定法の間で値を比較できるように表示する方法として、SDI(standard deviation index)表示があります[1,2]。これは SDI値=(測定値−健常者の平均値)/健常者の標準偏差 として全ての検査項目の値を表示するもので、測定法が異なっても値を見ただけで異常値かどうかが分かり、そのままの値で互いに比較できるという特長があります。しかし、やはり上記の条件が満たされないと誤解を招く弊害が大きいため、あまり普及していません。
【参考文献】
- [1]
- Niwa M.: Why not use the standard deviation index as a common scale for data quantification?. [Letter] Clinical Chemistry. 33(7): 1294, 1987
- [2]
- 伊藤機一、清水裕史、丹羽正治:臨床検査成績の経時的パターン表示.臨床病理臨時増刊 特集第77号、43-50、1988
(1998年6月15日、同23日改訂 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)抗原過剰の「フック現象」と「プロゾーン現象」の違いを教えてください。(長野県 臨床検査技師)
(A)正確には、プロゾーン(prozone、prezone)現象というのは、抗体過剰状態での沈降反応または凝集反応の抑制を意味し、抗原過剰状態での抑制はポストゾーン(postzone)現象といいます。両者を含めてゾーン(zone)現象または地帯現象と呼んでいます。しかし、一般的にプロゾーン現象を地帯現象と同じ意味で使っている場合も見受けられます。
ところで、フック(hook)現象というのは、地帯現象の一種ですが、地帯現象と同義に使用するのは間違いです。フック現象というのは、固相免疫測定法、とくに酵素免疫測定法が開発されてから使われだした言葉です。固相法では、固相表面に抗原分子が最大量結合してしまうと、それ以上は結合しませんから、検量線は抗原過剰域でプラトーになるように考えられます。しかし、実際は、抗原過剰域で少しピークから下がり気味になり、いわゆる”釣り針”のような形の検量線が得られ、それでフック現象と名付けられたようです。その原因は、主として、固相表面上に結合しようとする抗原分子同士で立体的に競合がおきるためと解釈されています。フック現象の言葉がいつ、誰が使い始めたのかは確定できませんでした。
(1998年6月14日 認定臨床検査医 河合 忠(No.22))
(Q)特に症状がなく一般的な検査データにも異常が無いのに、フェリチンだけが200〜2,000と変動する方がいます。どう対処すべきでしょうか。(愛知県 臨床検査技師)
(A)フェリチンは鉄貯蔵蛋白のひとつで、測定の臨床的意義としては、鉄欠乏状態の把握と腫瘍マーカーの2つがあります。フェリチンは主に肝臓などの組織中に含まれ血中に存在するものはわずかですが、組織内の貯蔵鉄を良く反映するため体内の貯蔵鉄のマーカーとして測定されます。鉄欠乏性貧血ではもちろん、貧血、血清鉄の低下、不飽和鉄結合能の増加あるいは鉄飽和率の低下がみられない初期の鉄欠乏、すなわち潜在性鉄欠乏の状態でも低下が見られるため、鉄欠乏の最も鋭敏な指標と考えられます。
一方、血清フェリチン値は組織や細胞の破壊にも依存しているため、ヘモクロマトーシスやヘモジデローシスなどの鉄過剰症の他、各種の悪性腫瘍でも高値をとることが知られおり、非特異的腫瘍マーカーのひとつとされています。悪性腫瘍患者では、体内の鉄貯蔵量とは無関係に血清フェリチン値は増加します。その機序としては、腫瘍細胞からの逸脱、他の臓器への浸潤、組織の破壊、癌性貧血による鉄代謝の異常などが挙げられており、これらが複合して生じるものと考えられます。特に高値をとる悪性腫瘍として、急性骨髄性白血病、肺癌、卵巣癌、肝癌、膵癌、悪性リンパ腫、抗癌腫瘍、胃癌などが挙げられています。ご質問の内容からはフェリチン値の変動パターンが不明ですが、もし鉄代謝に特別な異常がなければ、悪性腫瘍の存在を疑い精査することが必要と考えます。
(1998年6月9日 認定臨床検査医 松野一彦(No.345))
(Q)「鉄飽和率」の求め方と臨床的意義を教えて下さい。(愛知県 臨床検査技師)
(A)血清鉄(serum Fe)は、通常すべてが鉄輸送蛋白であるトランスフェリンと結合して運搬されます。また血液中には鉄と結合していないトランスフェリンが存在し、対応する鉄の量を不飽和鉄結合能(unsaturated iron binding capacity; UIBC)と呼びます。トランスフェリンの総量は、血清鉄と不飽和鉄結合能の和で表され、総鉄結合能(total iron binding capacity; TIBC)と呼ばれます。すなわち、TIBC(μg/dl)=血清鉄(μg/dl)+UIBC(μg/dl)の式が成り立ちます。ご質問の鉄飽和率とは、トランスフェリンのうちの鉄が結合している割合を指し、血清鉄/(血清鉄+UIBC)、あるいは血清鉄/TIBCの式で求められます。正常では20〜25%位ですが、鉄欠乏性貧血あるいは鉄欠乏状態では低値をとります。感染症、炎症、悪性腫瘍による貧血でも、血清鉄は鉄欠乏性貧血と同様に低値をとるため混同されやすいのですが、総鉄結合能も低値をとるので鉄飽和率はあまり低値とはならず、容易に鑑別できます。逆に、再生不良性貧血、悪性貧血、溶血性貧血などでは鉄飽和率は高値をとり、鉄過剰症であるヘモクロトーシス、および稀な疾患ですがトランスフェリン欠乏症では著しい高値をとります。
(1998年6月9日 認定臨床検査医 松野一彦(No.345))
(Q)(1)MRSAのコアグラーゼ型と薬剤感受性の関係、および(2)ヘテロ型バンコマイシン耐性MRSAについて、わかりやすくご教示ください。(島根県 臨床検査技師)
(A)以下の通りです。
(1)コアグラーゼ型と薬剤感受性
黄色ブドウ球菌は菌体外物質のひとつとしてコアグラーゼという酵素を産生します。この酵素はウサギおよびヒトの血漿を凝固させる働きを持ち、フィブリノゲンをフィブリンにするものとプロトロンビン様物質の2種類が知られています。コアグラーゼは抗原性により8種類に分類されます。
MRSAのコアグラーゼには、II、III、IV、VII型が多いことが知られています。ご質問にあるコアグラーゼ型による抗菌薬感受性の違いについては、今のところ特徴的なパターンは知られていません。
(2)バンコマイシンヘテロ耐性MRSA(hetero-VRSA)
1995年暮れに、原発性の肺癌の手術後にMRSAによる肺炎を起こした患者にバンコマイシンが投与されました。最初の8日間の経過は比較的良好でしたが、その後4日間はバンコマイシンの投与中にもかかわらず肺炎が悪化し、他の薬剤に変更せざるを得ませんでした。幸い、アルベカシンとスルバクタム/アンピシリン合剤が奏功したため、無事肺炎を根治することができました。
この患者さんから分離したMu3というMRSA株を感受性テストで調べてみると、日常使われるMIC(最小発育阻止濃度)の測定では2mg/Lで、アメリカの判定基準を当てはめるとバンコマイシン感受性という結果でした。そこでどうしてバンコマイシンが効かなかったのかを調べるために、ポピュレーション解析というより詳細な感受性テストを行いました。MICでは約1万個の菌細胞の感受性を見るのに対し、この方法では1千万個の菌細胞集団についてどのような耐性度の菌から構成されているかを調べるのです。その結果バンコマイシンは、その99.99%の細胞集団の増殖を3mg/Lの濃度で抑制しましたが、約100個の菌細胞は6mg/Lの濃度でも抑制できず、10個、即ち百万個にひとつの割合でバンコマイシン9mg/Lでも生えてくる細菌が存在していました。このように種々の異なる耐性度を持った菌の集団で構成されている菌株のことを、専門用語でヘテロ耐性菌と呼びます。ヘテロ耐性菌による感染では、たとえ従来のMIC測定では感受性と判定されても、実際には治療中の患者さんの体内で耐性菌が増殖してくるため、治療は不成功に終わることになります。バンコマイシンヘテロ耐性菌は、濃い濃度のバンコマイシンに接触するとMIC8mg/L以上の耐性菌VRSA(バンコマイシン耐性MRSA)になりますので、VRSAを生み出す菌株すなわちプリカーサーとして位置づけることができます。
ヘテロVRSAを検出するには、4mg/Lのバンコマイシンの入ったBHI(brain heart infusion)寒天平板に、10の6乗CFU/10μlをスポットします。48時間37℃で培養後1個以上のコロニーが生じればヘテロVRSAを疑います。また、Becton-Dickinsonから市販されているMu3培地を用いれば、容易にMu3タイプのヘテロ耐性菌を検出することができます。この方法は、ヘテロVRSAがバンコマイシンとβラクタム薬の併用に拮抗を示すことを利用しています。まず、Mu3(寒天)培地に菌を塗り、βラクタム薬のディスクを置き培養します。ヘテロ耐性菌であれば、翌日ディスクの周囲にはっきりと菌が生えてきます。
(1998年5月29日 (1)認定臨床検査医 猪狩 淳(No.30)、(2)順天堂大学細菌学教室 平松啓一)
(Q)輸血用の濃厚血小板を冷蔵庫に入れてはいけない、そしてたえず攪拌していないといけないという理由は何ですか。(福岡県 臨床検査技師)
(A)血小板は冷蔵保存(4℃)をすると凝集をきたしたり、形態学的な変化(膨化)を示すことから、寿命が短くなり、回収率が悪化し、血小板製剤輸血後の止血効果の低下が著しいことが判明しています。従って、冷蔵保存された血小板製剤を輸血しても血小板の機能を果たすことができませんので、これらの機能が最も保たれる室温(20〜24℃)保存することになっています[1]。
次に、攪拌(水平振盪)しながら保存しなければいけない理由の一つは、血小板は静置することによって血小板同士が凝集をしてしまうからです。もう一つの理由は、血小板はアシドーシスになるとviability (生育性)が傷害されるため、水平振盪を行って酸素を供給し、pHを低下させないようにするためです[2]。
なお輸血用血液製剤の適正使用、適正な保存、その他の注意点などは文献[1]をご一読なさることをおすすめいたします。冊子の入手は、日本赤十字社、あるいは献血供給事業団の担当の方におたずね下さい。
【参考文献】
- [1]
- 厚生省医薬安全局、血液製剤使用の適正化についてー第12版ー:45、1997
- [2]
- 伊藤和彦 他 編、新輸血医学 第1版:193-197、金芳堂、京都、1990
(1998年5月25日 認定臨床検査医 土屋達行(No.244))
(Q)輸血製剤に放射線照射をするかしないかは患者の重症度で決まるのですか。(福岡県 臨床検査技師)
(A)このご質問に対するお答えする前に、血液製剤に放射線照射をする理由を理解していただく必要があると思います。血液製剤、特に赤血球製剤(MAP)や血小板製剤に放射線照射を行う目的は、輸血後GVHD(移植片対宿主反応)の防止にあります。いったん発症すると救命ができない輸血後GVHDの起こる原因は、輸血された供血者のリンパ球が受血者中で分裂増殖し、受血者の体組織を非自己と認識して攻撃(免疫学的な作用)するためと考えられています。つまり、輸血後GVHDを防止するためには、この供血者中のリンパ球の分裂能力をなくす必要があります。MAP血や血小板製剤の中に存在するリンパ球の分裂能をなくするためには、放射線照射が最も有効であるとされています。それで、供血者のリンパ球が多数含まれているMAP血に照射をするわけです。
1996年12月には厚生省から緊急安全情報として輸血後GVHD発症防止のため、輸血用血液製剤(新鮮凍結血漿を除く)に放射線照射を行うことが通達されています。血液製剤に放射線を照射可能な施設では血液製剤への照射が通常行われるようになりました。そして、1998年4月、ようやく日本赤十字社から搬出する血液製剤に放射線を照射して出庫する事が、薬事法上認められ製造承認がとれました。保険適応はもうすこし先になりそうですが、そうなれば正式に日本赤十字社で照射した血液製剤が、自施設で放射線照射ができない病院でも使用できます。GVHDの発症は免疫能力の落ちた患者さんだけに発症するものではありません。供血者のリンパ球が輸血される可能性のある血液製剤全てに照射するのが原則です。
ここからがご質問に対するお答えになりますが、患者が重症であるから照射された血液製剤を使用するわけではありません。重症であろうと、軽症であろうと輸血後GVHDの発症を防止するために、照射された血液製剤を用いなければいけないということです。照射されたMAPとされないMAPとの相違は、照射直後は製剤の内容に大差はありません。照射された血液製剤中のリンパ球の分裂能が低下しているだけです。使用期限も同様ですが、照射されたMAP血中の液体成分(血漿とは敢えて言いません)中のカリウムの値が高くなることが知られていますので、できれば照射後短期間のうちに使用すべきでしょう。
(1998年5月22日 認定臨床検査医 土屋達行(No.244))
(Q)検診で血清総蛋白が9.0 mg/dlを超えた方がいますが、他に異常を認めません。どのように対処すればよいでしょうか。
(A)血清の総蛋白量が8.5g/dl以上を高蛋白血症と呼び、下記のような疾患が原因となります。
(1)脱水
(2)多クローン性免疫グロブリン増加症(肝疾患・慢性感染症・膠原病・自己免役疾患など)
(3)単クローン性免疫グロブリン増加症(骨髄腫・原発性マクログロブリン血症・良性単クローン性免疫グロブリン増加症など)
また検査前に影響する因子として、立位での測定や運動および疲労でより高い値をとります。
これ以外に、理論的には
(1)蛋白合成の亢進
(2)蛋白異常症による代謝遅延
が考えられますが、あまりよく分かっていません。
ご質問の内容からは、特に病的原因は考えられませんので、もともと高めの方が絶飲食により多少脱水傾向になったために、そのような測定結果になったのではないでしょうか。検査前の条件を揃えたうえで再検し、念のためにに免役電気泳動検査も提出して、特に異常がなければ経過観察で十分と考えます。
(1998年5月21日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)IU(国際単位)の単位および標準物質の根拠について教えて下さい。(長野県 臨床検査技師)
(A)国際単位(International Unit、IU)の由来は、それぞれの項目によって一定していません。一般的には、国際学会または国際機関(WHOなど)で標準物質を設定した場合に、それにtraceableな標準血清を使用し、しかも国際的に国際単位と表示すると合意された場合に使われます。出来るだけ質量単位で表現するようにしていますが、免疫測定法などで定量し、質量単位による表現が困難な場合にやむなく国際単位としています。WHOが標準物質を設定している項目だけに限りません。また、WHOが決めたからといって、それが普及するとは限りません。たとえば、免疫グロブリンなどはそのよい例です。医療の現場で有用であり、施設間差の是正に大きく寄与する場合にはIUが普及しています。しかし、ここで誤解してはいけないのは、国際度量衡会議で決定している国際単位系(SI単位)とは全く関係ないということです。
なお、標準物質は基本的にはWHOなどで規定していますが、本邦では福祉・医療技術振興会(03-5228-4688)が頒布を代行しています。
(1998年5月20日 認定臨床検査医 河合 忠(No.22)、戸谷誠之(No.158))
(Q)Rh(+)の受血者にRh(-)の血液を輸血することに何か問題はあるでしょうか。(三重県 病理医)
(A)Rh不適合輸血で問題になるのは、次のケースです。
[A]Rh(-)の受血者にRh(+)の血液を輸血すると、初回は副作用がなかっとしても、Rh抗原に対する不規則抗体を産生する恐れが高い。この抗体は、次回以降にRh(+)血を輸血したときやRh(+)児を妊娠したときに重篤な副作用を引き起こす恐れがある。
[B]Rh(+)の受血者にRh(-)の血液を輸血する際に、Rh(-)の供血者が何らかの原因でRh抗原に対する不規則抗体を産生していた場合に、重篤な副作用を引き起こす恐れがある。
ご質問の内容は、[B]のケースに相当しますが、日赤から供給されるMAP血は抗体スクリーニングにより不規則抗体を含むものは除かれているので、副作用の可能性はありません。したがってRh(-)血をRh(+)の患者に輸血しても全く問題ありません。
なお、現在Rh抗原として事前に確認しているのはD抗原だけで、他のRh因子(EeCc)についても同じことが起こり得ますが、全て日赤の抗体スクリーニングと輸血前の交差適合試験で篩い分けているのが現状です。
(1998年5月19日 認定臨床検査医 土屋達行(No.244))
(Q)非定型抗酸菌を排菌している患者について、院内感染対策上の注意を教えてください。(大阪府 臨床検査技師)
(A)非定型抗酸菌は結核菌と異なり、法律上あるいは医療上特に他の一般細菌と区別して扱う必要はありません。実際上は、M. kansasii、M. aviumまたはM. intracellulareなど比較的病原性の強いものをどんどん排菌している患者からの感染、および特に免疫力の弱った患者への感染にケースバイケースで注意する必要はありますが、院内感染対策上殆ど問題になることはありません。
(1998年5月18日 認定臨床検査医 岡田淳(No.145))
(Q)手術前などのHIV検査について、(1)保険請求が認められる条件、(2)結果報告書の届け方、(3)インフォームドコンセントにおける注意点について教えてください。(大阪府 臨床検査技師)
(A)(1)HIV抗体の保険点数請求は、手術、観血的な処置いずれの場合でも実施前検査としては認められません。手術前医学管理料として一括請求(1,520点)するときはその中に入れることは出来ますが、HIV感染症の疑い、あるいは特定の処置を行うからといって、請求することはできません。保険点数のHIV-1抗体価の項を参照して下さい。
(2)現状では、院内でHIV抗体の検査を実施する場合に、検査結果を封筒に入れて返却し、被験者の了解の上で、主治医とともに開封する場合や、陰性結果はそのまま返却し、陽性結果のみ別に封筒に入れて報告をするなど、病院によっていろいろな方法がとられています。封筒に入れて検査結果を送付することは大変に手間がかかるので、検査室としてはできれば避けたいと考えるのも無理はありませんが、病院としての考え方の違いによって対応の方法は異なります。具体的には、病院内に設置された感染対策委員会(病院長も委員になることが規定されていると思います)などで病院の意思として結果報告の方法を決める必要があるでしょう。参考までに私の勤務する駿河台日本大学病院では、HIV抗体検査は陰性結果の時は通常の検査と同様に報告し、陽性結果の時には封筒に入れ、臨床病理科の医師が直接主治医に手渡し、その後の対応方法などを相談することにしています[1]。
(3)HIV抗体検査を実施する場合、被験者へのインフォームドコンセントをきちんと行うのは当然のことです。病院としての説明文と検査承諾書を作製し、その各項目について十分説明した後に署名(できれば捺印)していただくことが必要です。
【参考文献】
- [1]
- 土屋達行 他:HIVスクリーニング検査における結果報告改善の試みー臨床検査医の主治医への直接面談による結果報告についてー、臨床病理、44(補冊):299、1996
(1998年5月4日 認定臨床検査医 土屋達行(No.244))
(Q)トロンボモデュリン(TM)は血管内皮細胞の損傷マーカーと考えられていますが、動脈硬化ではプラーク形成や損傷発生の段階で高くなるのでしょうか。(理学療法士)
(A)トロンボモデュリン(TM)は、発現の仕組みが良く判っていませんが、酸化LDLや糖化蛋白により低下するため、動脈硬化部位では下がる可能性があります。ただし実際に身体の中の動脈硬化部位で下がっているかどうかに関してはデータが有りません。私達が調べた限りにおいては、新生血管を伴う場合は高くなるようですが、それ以外では著しい変化はないようです。私自身は動脈硬化の患者では少し高くなる傾向にあるという印象を持っていますが、血中の可溶性TMは腎から排泄されるため、腎機能低下を伴う場合はすぐに上昇することもあり(クレアチニンと良く相関します)、まだはっきりしたことは言えません。
(1998年5月4日 日本臨床検査医会 丸山 征郎(鹿児島大学医学部臨床検査学))
(Q)臨床検査医の実務では認定産業医の資格があると好都合と聞きました。資格の取り方を教えてください。
(A)日本医師会で行っている研修会に参加し、産業医学基礎研修50単位以上を習得した医師に認定産業医の称号と認定証が交付されます。基礎研修会の開催は都道府県医師会、郡市区医師会、または複数の医師会が合同で日本医師会の指定を受けて行います。この基礎研修会の日程は“日本医師会雑誌”や“日医ニュース”などに掲載されているので参考にします。基礎研修会は自分が所属している都道府県や市の医師会に優先的に出席できますが、単位をとるために他の都道府県で行っている医師会に余裕があれば入れてもらうこともできます。その際には自分が必要としている内容かどうかを確認しておくことが重要です。
産業医の資格を取りたい人は、都道府県医師会を通じて産業医の研修手帳をもらいます。研修会に出席した場合は受講した研修単位を記載した証明ラベルを受け取り、研修手帳に貼り付け、下記の50単位以上を取得することが必要です。日曜日に朝から夕方までの研修で、7〜8単位とれるものを選ぶと効率的です。
基礎研修の内容(50単位)
1)入門的な前期研修(14単位以上必要)
● 総論 2単位 ● メンタルヘルスケア概論 1単位
● 健康管理 2単位 ● 健康保持増進 1単位
● 作業管理 2単位 ● 作業環境管理 2単位
● 有害業務管理 2単位 ● 産業医活動の実際 2単位
2)実習・見学などの実地研修(10単位以上)
これは職場巡視などの実地研修、環境測定実施、映画などによる実務的研修を行う。
3)地域の特性を考慮した実務的・やや専門的・総括的な研修(26単位以上)
申請の資格・手続き・登録
1.資格
1)都道府県医師会などが実施する基礎研修50単位以上を終了していること
2)産業医科大学産業医学基本講座修了者
2.手続き 1万円と下記のものを添えて提出する。
1)認定産業医認定申請書
2)医師免許証の写し(医師会員は不要)
3)産業医学研修手帳
3.審査 申請後、2〜3か月で認定証が交付される。
(1998年4月21日 認定臨床検査医 森 三樹雄(No.45))
(Q)クレアチニンの測定をヤッフェ法から酵素法に変更したら、クレアチニン・クリアランスが高く出るようになりました。酵素法での基準範囲があれば教えてください。
(A)腎臓の糸球体濾過能(GFR)は、理論的および実験的にはイヌリン・クリアランス(Cin)が用いられます。臨床的に用いられるクレアチニン・クリアランス(Ccr)はGFRあるいはCinの代用法です。クレアチニンの血中濃度をPcr、その尿中濃度をUcr、尿量をVとすると、 Ccr=Ucr×V/Pcr で計算されます。クレアチニンは尿細管から一部分泌されるため、理論的な計算には不向きですが、分泌量が排泄量に比べ少ないこと、ヤッフェ法の正誤差が相殺される程度の量なので、これまで特に問題にはされず、一般臨床に広く用いられています。
ヤッフェ法では非クレアチニン性ヤッフェ反応陽性物質(non-creatinine chromogen)もクレアチニンとして測り込んでしまうので、より特異的な酵素法による値と比較し、0.1〜0.2mg/dlほど高くなります。Pcrは絶対値が小さいので、相対的には大きな影響を受けることになりますが、Ucrは絶対値が大きく、相対的には殆ど影響がありません。そのため、ヤッフェ法によって求めたCcrと比較し、酵素法で求めたCcrの値は、分母のPcrだけが小さくなるため、より大きな値となります。
残念ながら私どもはCcrの基準範囲は測定していませんが、クレアチニン・クリアランスはあくまで簡便な代用法として参考にされるだけなので、従来の値を上記の観点から理論的に修正したのもを目安とすれば、臨床的には問題ないと考えられます。
(1998年4月17日 認定臨床検査医 吉村 學(No.329))
(Q)直接クームス陽性の患者に交差適合試験を行うとき、間接クームス法における自己対照が陰性になることがあります。原因は何でしょうか。(大阪府 臨床検査技師)
(A)交差適合試験の間接クームス法における自己対照は、自己赤血球+自己血清ですので、結果的には直接クームス法を施行していることになります。検体の保存条件と検査手技に問題がなく、使用しているクームス血清が同一であれば、このようなことは生じないと考えられます。
直接あるいは間接クームス試験で偽陰性をきたす原因には、以下のものがあります。
(1)赤血球の洗浄が不十分なため、除去されずに残った血清中の免疫グロブリンがクームス血清の抗体を中和してしまった場合。
(2)赤血球の洗浄→クームス血清の添加→遠心→判定の作業に時間がかかりすぎ、赤血球に結合した自己抗体が解離してしまった場合。
(3)クームス血清の保存条件が悪い場合(細菌のコンタミネーション、血清の混入など)。
(4)クームス血清の入れ忘れ。
(5)遠心条件が不適切な場合。
(6)試験に供する赤血球の量が多すぎるか、あるいは少なすぎ、抗原過剰あるいは抗体過剰となってしまった場合。
また間接クームス試験に影響を与える因子としては、生理食塩水、アルブミン溶液、LISS等の「ionic strength」が知られています。しかし、これは、血清中のフリーの抗体が赤血球に結合する量に影響を与えるのであって、自己対照のようにすでに赤血球に結合している抗体の場合には、少なくとも抗体が解離し陰性化してしまうということはないと考えられます。
(1998年4月8日 認定臨床検査医 村上純子(No.370))
(Q)平成10年度の診療報酬改定で新設された造血器腫瘍核酸増幅同定検査(2,000点)について、対象項目や施設基準を教えてください。(宮城県 臨床検査医)
(A)厚生省保険局医療課の見解によれば、次の通りです。
(1)測定原理はPCR法またはLCR法とするが、具体的な項目は限定していない。但し何種類あるいは何回実施しても算定は6か月に1回のみとなる。
(2)施設基準は検体検査管理加算のそれ(下記参照)と同一とする。
厚生大臣の定める施設基準(第16の2検体検査管理の施設基準)
- 1.
- 臨床検査を専ら担当する常勤の専門医が1名以上いる。なお、臨床検査を専ら担当する専門医とは、勤務時間の大部分において検体検査の判断の補助を行うとともに、検体検査全般の管理・運営に携わる者をいい、他の診療等を行っている場合はこれに該当しない。
- 2.
- 次に掲げる緊急検査が当該保険医療機関内で常時実施できる体制にある。
- ア)血液学的検査のうち末梢血液一般検査
- イ)生化学的検査のうち以下に掲げるもの
- 総ビリルビン、総蛋白、尿素窒素、クレアチニン、グルコース、アミラーゼ、CPK、Na、Cl、K、Ca、GOT、GPT、血液ガス分析
- ウ)免疫学的検査のうち以下に掲げるもの
- ABO血液型、Rh(D)血液型、クームス試験(直接、間接)
- 3.
- 定期的に臨床検査の精度管理を行っている。
- 4.
- 外部の精度管理事業に参加している。
- 5.
- 臨床検査の適正化に関する委員会が設置されている。
|
なお臨床検査を専ら担当する常勤の専門医とは、厚生省保険局審査課の見解によると、日常業務時間の80%を臨床検査の管理・運営にあたっている専門医をいい、他科との兼任は認めないことになっています。
(1998年3月30日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)FMSの導入に当たって注意すべき点を教えてください。
(A)FMS(Facility Management Service)は、もともと十数年前に外資系の検査機器メーカーが始めたリース販売方式の一種で、医療機関が生化学や血液の自動分析装置と専用試薬の一括提供を受け、料金は検査実施量に応じて請求されます。その計算は、診療報酬をベースにした比例配分や、検査件数をベースにした単価加算の他、試薬消費量をベースにした単価加算、いわゆる試薬リースなどの方法があります。当初は測定検体数の多い分野に限って重点的に導入されていましたが、最近では医療経済の急速な収支悪化に伴い、大手の検査センターも参入して、検体検査全体を対象とした契約が結ばれ、業者側が検査システムを含む検査設備・消耗品一切を、医療機関が人・施設を分担して検査部門を共同運営する形態が増えてきています。
FMS方式は、
(1)検査システムの導入、検査機器の導入・更新時の初期投資が不要となる。
(2)機器を熟知した業者が維持管理の責任をもつため、最小限のコストで最良の稼働状態を維持できる。
(3)複数施設の試薬や機器メンテナンスを業者が一括発注できるため、スケールメリットにより費用が削減できる。
(4)人を含めて検査サービスを一括供給するいわゆるブランチラボと比較し、他部門の職員との雇用格差がなくスムーズな業務連携ができる。
などのメリットがある一方で、
(1)償却費あるいは金利に相当する巨額の固定費が長期に渡って生じるため、将来の医療経済や金利の変動に臨機応変に対応しにくい。
(2)機器や試薬の選択が経済合理性を優先して決定され勝ちなため、検査サービスの質を確保するのための業務負担が増える恐れがある。
(3)検査センターに外注する場合と比較し、自施設で提出される検体数がスケールメリットの得られる上限となり、コスト競争力に限界がある。
などのリスクに十分配慮することが大切です。
FMSはこれまでいくつかの施設に導入されていますが、比較的スムーズに運営しているところ、あるいは期待した経済効果が得られず断念したところなどさまざまで、一律に成否を論ずることはできません。また、生理検査部門は検体検査部門と異なり、業者側の収益が試薬販売によって担保できないため、導入している施設はあまりないようです。したがってFMSの導入に当たっては、実施経験を持つ施設に実情を直接問い合わせ、自施設の状況と併せ十分に比較検討されることをお勧めします。
【関連Q&A】
- [1]
- FMS契約時に、病院側から業者にどのような要求を呈示すればいいでしょうか。(http://www.jaclap.org/consult2000.html#20000125a)-1998.03.23
(1998年3月23日 認定臨床検査医 高橋正宜(No. 27)、西堀眞弘(No.269))
(Q)O157の抗血清で凝集するのに、Vero毒素を産生しない大腸菌はどのように判断するのでしょうか。(島根県 臨床検査技師)
(A)広義の腸管病原性大腸菌(下痢原性大腸菌)には、Vero毒素を産生し、出血を伴う腸炎や溶血性尿毒症症候群を引き起こす腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic E.coli; EHEC=VTEC)以外に、狭義の腸管病原性大腸菌(enteropathogenic E.coli; EPEC)、腸管組織侵入性大腸菌(enteroinvasive E.coli; EIEC)および毒素原性大腸菌(enterotoxigenic E.coli; ETEC)があり、それぞれに特異的な病原因子とそれによる症状が解明され、いくつかのO血清型が見つかっています。
腸管出血性大腸菌のO血清型には有名なO157の他、O26やO111などがあります。またO157にもいろいろな種類があり、腸管出血性大腸菌はH抗原がH7(O157:H7)のものとH-のもの(O157:H-)の2種類です。したがってVero毒素を産生しなかったO157は、この他の種類であったと考えられますので、腸管出血性大腸菌ではないと判断します。
大阪大学微生物病研究所の本田武司教授によれば、これまでO157がEHEC以外の病原性大腸菌に見つかったことはありません。したがってVero毒素を産生しないO157は病原性大腸菌ではなく、臨床的には放置してよいと考えられます。なお、O26、O111、O128はEHECの他、EPECにも見つかっているので、下痢便から検出され、Vero毒素を産生しないこれらの血清型の大腸菌は、EPECと判断されます。
(1998年3月18日・27日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)凝固検査につきINRによる報告を求められましたが、近隣の施設ではまだのようです。全国的にはどのくらい普及しているんでしょうか。
(A)INR(International Normalized Ratio)とは、凝固因子活性の表記法のひとつで、プロトロンビン時間(PT)、プロトロンビン比(PR)あるいはパーセント表示(PT%)と比較し、試薬や測定機器に拘らず同じ値が出るように工夫されており、主として抗凝固療法のモニタリングに用いられます。なお、凝固因子欠乏症や肝疾患では値のばらつきが避けられないので、従来の表記法に完全に置き換わるものではありません[1]。
計算方法は、
IRI = PRISI
但し
PR = 患者血漿のPT/正常血漿のPT
ISI = International Sensitivity Index
となります。
但し、日本ではISIの明示された試薬が十分普及していないこと、欧米に比べISIの大きな(=PT時間の短い)試薬が多く従来の値との差が大きいこと、ISIを決めたときの試薬と使用機器の組み合わせでないと測定値が異なってしまうことなどから、なかなか普及が進まないのが実情です。このため、横須賀共済病院検査科の鈴木節子先生を中心として、全国120施設の共同研究により、標準血清を用いて作った検量線で秒数を直接INR値に換算する新しい計算方法が検討される[2]など、標準化に向けて関係者の努力が続けられています。
INRの普及状況ですが、鈴木節子先生によれば、大きな施設あるいは循環器疾患の比重が高い施設では既に導入している一方、その他の施設では臨床医のニーズが少ないこともあってまだこれからというのが現状のようです。なお、報告の表記法による保険点数上の差はありません。
【参考文献】
- [1]
- 福江英尚:凝固検査 のINR表示について、臨床検査Qamp;A、1997年7月16日
- [2]
- 鈴木節子:抗凝固療法におけるINR表示血漿の意義、臨床病理、45補冊:333、1997
(1998年3月18日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)血液塗抹標本にわずかでも血小板凝集が見られた場合、(±)などとして報告すべきでしょうか。(東京都 臨床検査技師)
(A)血算の検体にはEDTA等の抗凝固剤を加えますが、時として血小板が凝集し、その結果自動血球計数機で血小板数が少なくカウントされることがあり、これを偽血小板減少症と呼んでいます。このため、血小板数が少ない(例えば10万/μl以下の)場合には、塗抹標本で血小板凝集の有無を確認し、真の血小板減少症と鑑別する必要があります。
ご質問の件ですが、上記の目的であれば2〜3個の血小板の凝集塊がごく一部に認められるような場合、血小板数の算定に大きな影響を与えるとは考えにくく、臨床医に誤解を与える恐れがあるので、敢えて(±)を表示する必要はないと思います。原則的にはEDTA採血した血液の塗抹標本では凝集塊は見られないはずで、わずかな小凝集塊は部分的に撹拌が不十分であったことを示すと考えられます。したがって5個〜10個以上の血小板からなる凝集塊が多数認められた場合に、その旨を報告すれば十分でしょう。なお、フィブリンが出現している検体は、凝集塊の有無に関係なく血小板計数には不適なので、参考値に留め再検査を促すことが望ましいと考えられます。
(1998年3月13日 認定臨床検査医 松野一彦(No.345))
(Q)Neurofibromatosis type 1の遺伝子異常、解析法および解析可能施設等につき教えてください。(香川県 研究所職員)
(A)Neurofibromatosis type 1(NF1)はvon Recklinghausen disease とも呼ばれており、約3000人に1人の割合で発症する常染色体優性遺伝性疾患です。その遺伝子は1987年連鎖解析により染色体の17q11.12に座位する事が判明し、1990年クローン化されました。このNF1遺伝子は350kbp以上の巨大な遺伝子であり、少なくとも59のエクソンから成ることが知られています。mRNAの大きさは11〜13kb、遺伝子産物は2818のアミノ酸残基より成る分子量約220〜280kDの不溶性の蛋白で、ニューロファイブロミンと命名されています。NF1遺伝子の中央部(エクソン20-27)の約300アミノ酸は、癌遺伝子であるras遺伝子機能を抑制するGTPase活性化蛋白(GTPase activating protein ;GAP)の触媒領域および酵母のGAP類似蛋白(inhibitory regulator of ras)との相同性が認められ、NF1-GAP related domain(NF1-GRD)と呼ばれています。従ってNF1遺伝子は癌抑制遺伝子のグループとして分類され、その遺伝子の作用の欠落により細胞増殖が進むとされているため、かなり精力的に検索が行われました。1996年の総説(J Med Genet 33:2-17)によると、既に78例の解析がなされ、初期の検索では主にNF1-GRDの変異が報告されていますが、その後遺伝子変異のhot spotはないことが解ってきました。また症状に特異的な遺伝子変異も見出されていません。
検査方法ですが、従来は全エクソンをPCR増幅後にsize-shift assay、SSCP法を行い、遺伝子異常のある部位をスクリーニングしてから塩基配列を決定する方法(Am J Hum Genet 1996;46;159-66)、もしくはmRNAを全て塩基配列決定する方法がとられてきました。しかしこの方法では、検索した症例の半数にしか遺伝子変異が見出されません。そのため、日本国内では現在この遺伝子解析の委託を受け付けている施設はありません。ただし研究レベルでは種々の方法が試みられており、いくつか文献をあげておきますので、参考にして下さい。
【参考文献】
- [1]
- combined heteroduplex/SSCP, Human Mutation 9:548-54, 1997
- [2]
- tempreature gradient gel electrophoresis, Electrophoresis 17:1559-63, 1996
- [3]
- RNA-SSCP, Human Genet 97:492-5, 1996
- [4]
- loss of heterozygosity, Nature Genetics 14:110-2, 1996
- [5]
- Long RT-PCR - agarose gel analysis, Genom Research 6:58-66, 1996
- [6]
- PCR-SSCP, Biochem Biophys Res Comm 212:697-704, 1995
- [7]
- RT-PCR, Human Molecular Genetics 4:975-81, 1995
(1998年3月12日 東京慈恵会医科大学臨床検査医学 Ph.D. 須藤加代子)
(Q)腰痛を主訴とする75歳の女性に大量のM蛋白が検出されました。骨髄腫の可能性と鑑別診断についてご教示ください。(開業医)
(A)M蛋白の出現には次のような原因があります。
1.原発性悪性のもの
(1)骨髄腫
(2)原発性マクログロブリン血症
(3)H鎖病
2.悪性疾患に随伴する場合
(1)悪性リンパ腫
(2)急性リンパ性白血病
(3)慢性リンパ性白血病
(4)胸腺腫
(5)上記以外のリンパ性増殖性疾患
(6)リンパ系以外の白血病
(7)上記以外の骨髄増殖性疾患
3.良性疾患に随伴する場合
(1)膠原病
(2)肝疾患
(3)慢性感染症
(4)自己免疫性疾患
(5)糖尿病
(6)高血圧
(7)その他
4.全く基礎疾患を認めない場合
診断を確定するにはbone surveyや骨髄穿刺が欠かせませんが、M蛋白量が著しく多い場合は、1.と考えてほぼ間違いありません。ただし、高齢者の場合は進行が遅く、診断が確定しても積極的に治療しないこともあるので、精査・治療の侵襲とメリットを秤にかけたうえ、経過観察するのもひとつの方法です。また3.および4.の場合はM蛋白に対する治療を要しませんが、将来的に悪性疾患を発症する確率が高いと言われているため、やはり経過観察が必要です。
(1998年3月8日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)アミロイドβ前駆体(ABPP)とアルツハイマー型痴呆症の老人斑との関連はどこまで分かっているのでしょうか。またどのような施設で測定できるのでしょうか。
(A)アミロイドβ前駆体(ABPP)はアミノ酸数700-800の蛋白質です。細胞からはその一部分のβ1-40、β1-42(アミノ酸数40、42という意)が分泌されます。このβ1-42の方が中心になってアミロイド線維を形成し、老人班を構成するとされています。今のところ、このβ蛋白の代謝異常(原因不明)、あるいはABPPの変異に起因するβ蛋白の過剰生成などの結果としてβ蛋白が蓄積し、アミロイド生成へ進むと考えられています。
測定法としては血清、髄液でβ1-40、β1-42を分別測定するキットがあるようですが、まだ一般には普及していないと思います。群馬大学神経内科、東海林幹夫先生のデータによると、アルツハイマー病では髄液でβ蛋白の減少があり、神経原性変化に関連したタウ蛋白の増加と併せ、アルツハイマー病の生化学的診断が可能とされています。これ以上の詳しいことはそちらにご相談されたらと存じます。
(1998年3月4日 認定臨床検査医 山田俊幸(No.273))
(Q)巨大血小板の出現している検体で血小板凝集能を測定するとき、通常の方法では大きい血小板を分離できないと思います。よい方法があれば教えてください。(北海道 臨床検査技師)
(A)残念ながら、今のところ巨大血小板だけを集めることは不可能だと思います。
巨大血小板が出現している患者の血小板凝集能は、platelet-rich plasma(PRP)作成時の遠心条件を低く設定し、集められる血小板のみを解析します。私たちがBernard-Soulier症候群の血小板凝集能を調べた時は、患者から大量に採血し、遠心条件を500rpmで15分位遠心してPRPを作成しました。この方法を用いれば、正常またはそれの以上の大きさの血小板であれば集めることができます。PRP中に含まれる血小板数は少なくなりますが、大きい血小板が多いため、凝集能は十分測定できます。
但し、赤血球と同程度以上に大きな血小板を集めることはできません。また患者が鉄欠乏性貧血を合併していると、小球性の赤血球が多いため赤血球を除去できず、やはりうまく集められません。溶血操作を行おうとしても、抗凝固剤が十分作用せず血小板が活性化されてしまったり、あるいは凝集能が判定困難となります。albumin density gradientやgel filtration法、あるいは洗浄血小板の作成も、はじめに遠心法でPRPを作成してから行う必要があります。
正常対照としては、血小板数を同じ値に調整したPRPと、血小板の容積(直径から割り出した概算で)を同じ値に調整したPRPを作成して比較検討します。私たちはこれらの方法を組み合わせ、症例によって条件をいろいろ工夫しています。質問者の施設でもトライ&エラーで試してみて下さい。
(1998年2月27日 認定臨床検査医 川合陽子(No.316))
(Q)Pseudomonas aeruginosaとPseudomonas sp.の鑑別のためNACとアシルアミダーセ培地を用いていますが、Alcaligenes属も発育する可能性があります。これらを簡便に鑑別できる方法がありましたら教えてください。
(A)Alcaligenes属とPseudomonas属の鑑別法としては、以下のような方法があります。
(1)鞭毛を染色し、形態的に一極性に単毛または多毛性の鞭毛をもつのはPseudomonas属、周毛性の鞭毛をもつのはAlcaligenes属です。ヤトロン社から鞭毛染色液がでています。
(2)Pseudomonas aeruginosaを鑑別するのであれば、ヤトロン社からモノクロ−ナル抗体がでています。凝集反応により検出できます。
(3)菌種まで同定するキットとしては、NF18(ニッスイ)、ノンファグラム(テルモ)、api-NF(ビオメリュ−)があります。生化学的性状による色調変化から同定します。
以上、簡便性と経済性から使いやすい方法を選択されれは良いと思います。
(1998年2月16日 認定臨床検査医 田部陽子(No.389))
(Q)免疫染色におけるマイクロウエーブの利用法について教えてください。(石川県 臨床検査技師)
(A)免疫染色においてマイクロウエーブは、染色時間の短縮による標本作成の迅速化と、ホルマリン固定・パラフィン包埋切片の抗原性の賦活化に利用されています。
前者の利用法では、1次抗体や2次抗体などを反応させる時にマイクロウエーブを照射すると、反応時間が著しく短縮できます。特に1次抗体の反応では、必要な時間が60分から5分程度に短縮されるという大きなメリットがあります。ただし、今のところ稀に迅速診断に用いられるだけで、利用頻度は多くありません。
現在多くの施設で用いられているのは、後者の利用法です。方法は、緩衝液(クエン酸buffer、PBS、硫酸亜鉛水溶液など)を選択し、5分×2〜3回程度照射するのが一般的ですが、現時点ではまだ標準的な操作法が確立されておらず、具体的な方法は施設により異なります。なお、スライドガラスはシラン、P-Lリジンなどによるコート済みのものが必須です。
マイクロウエーブ照射に用いる機器には、東屋医科機械のMI-77型、BIO-RAD社のH2500型などがありますが、出力コントロールや温度管理ができる前者を利用する施設が多いようです。
参考のため、マイクロウエーブ(MW)を用いた凍結迅速診断用免疫染色法の手順を示します。
1.固定・ホルマリンアルコール 数秒
2.水洗
3.内因性ペルオキシダーゼ阻止・
過酸化水素メタノール 2分
4.水洗
5.ブロッキング試薬 MW照射 1分
6.Tap off
7.1次抗体 MW照射 3分
8.洗浄、0.1%Tween加PBS
9.2次抗体 MW照射 1分
10.洗浄、0.1%Tween加PBS
11.ABC試薬 MW照射 1分
12.洗浄 30秒×2
13.発色 約5分
14.水洗
15.脱水 数秒
16.透徹 数秒
17.封入
(1998年2月16日 認定臨床検査医 玉井誠一(No.289))
(Q)抗生物質のセフメタゾール(CMZ)を投与中の透析患者で、血清クレアチニンの値がBUNとの比較で高過ぎるように思います。どのように解釈すればよいでしょうか。(大阪府 臨床検査技師)
(A)クレアチニンの測定法にはヤッフェ反応を用いた化学的測定法と、クレアチニンデアミナーゼまたはクレアチニンアミドヒドラーゼを用いた酵素的測定法があります。
ヤッフェ反応は、クレアチニンがアルカリ溶液中でピクリン酸と反応して橙赤色の色素化合物となる現象ですが、クレアチニン以外にも、「ヤッフェ反応陽性物質」と呼ばれる蛋白質、アセトン、ピルビン酸、ブドウ糖、ビリルビン、アスコルビン酸、セフェム系抗生物質などが同様の反応を起こします。そのため、この測定法により求めた基準値は酵素的測定法で求めた値より0.1〜0.2mg/dl高くなります。除蛋白操作やクレアチニンとの反応時間に最適化したレート法を適用することにより、特異性を高めた測定法も開発されていますが、ヤッフェ反応陽性物質の影響を完全に取り除ける訳ではありません。
セフェム系抗生物質は薬剤により測定に与える影響がさまざまで、詳細な機序ははっきりしていません。例えば第2世代のセフォキシチン(CFX)は100μg/mlの血中濃度で1.3mg/dlのプラス誤差を与えるとのデータがあり、セファセトリル(CEC)、セフロキシム(CXM)、セフメタゾール(CMZ)、セフォタキシム(CTX)、セフチゾキシム(CZX)もプラス誤差を与えますが、セフロキシム(CXM)は殆ど影響しません。なお、セフェム系以外の抗生物質でこのような現象は知られていません。
クレアチニンの血中濃度は、抗生物質の副作用として重要な腎障害の基本的指標であり、また透析患者の場合は透析効果を判定する基本的指標なので、主治医がプラス誤差を真の値と誤解した場合には治療方針を変えてしまう恐れがあります。特にセフメタゾールは投与量の70〜80%が腎臓から排泄されるため、腎不全患者では血中濃度の半減期が著しく延長します。このため時期を選ばず採血すれば高濃度に含まれる可能性が高くなり、大きなプラス誤差の要因となります。参考のため、セフメタゾール0.5gを静脈注射した場合の血中濃度(μg/ml)の推移を示します。
・透析患者 50〜100 → 30〜40 → 10〜20
(投与後30分・透析開始) (透析終了) (24時間後)
・非透析患者 50〜100 → 30〜40
(クレアチニン (投与後30分) (24時間後)
クリアランス
10ml/min)
したがってできれば酵素法を採用するか、それが難しければ主治医とよく連絡を取り、理由を説明したうえで抗生物質が最も低濃度となる時間に採血してもらうなどの工夫が不可欠です。
(1998年2月15日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)吐しゃ物や胃液などの濳血を調べるのに、通常の便潜血キットを使っても問題ないでしょうか。(石川県 臨床検査技師)
(A)濳血反応には、ヘモグロビンの偽ペルオキシダーゼ作用を利用したグアヤック法やオルトトリジン法などの触媒法、およびヘモグロビンを抗原として検出する免疫学的方法があります。消化管に漏れた後、胃酸、消化酵素、腸内細菌により変性を受けたヘモグロビンは、免疫学的方法では抗原性が失われ、検出率は低下しますが、触媒法では鋭敏に検出できます。したがって触媒法であれば吐瀉物や胃液であっても検出可能です。
ただし陽性であっても、食物中のヘモグロビンや嘔吐により傷付いた胃粘膜からの出血の可能性があり、上部消化管出血のためとは限りません。また陰性であっても、十二指腸からの出血を見逃す恐れがあります。したがって明らかな吐血やタール便が見られない場合、上部消化管出血のスクリーニングには、より確実な便潜血検査やヘマトクリット値が用いられます。
(1998年2月13日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)結節性紅斑で加療中の女性が両膝関節痛のため歩行困難となっています。ベーチェット病や膠原病等の所見はなく、軽快しつつあるので生検をせずに経過を見ていますが、さらに追加すべき検査があればご教示ください。(広島県 開業医)
(A)結節性紅斑は溶連菌感染、薬剤、結核、ハンセン氏病、真菌感染症、ベーチェット病、サルコイドーシスなどの基礎疾患に伴うものと、他の基礎疾患を認めないものがあります。また類似の病変を来たすものとして鑑別を要するのは、SLE、クローン病、悪性腫瘍、血管炎などです。ご質問には具体的な検査結果はありませんが、これらについて通常の検索をされ、いずれも診断に至らなかったものとしてお答えします。
この症例は大関節に強い炎症を伴っていることから、サルコイドーシスの特殊型であるLofgren's syndromeに近い病態が疑われます。これは結節性紅斑、関節炎、肺門部リンパ節腫脹を3主徴とする症候群で、慢性関節リウマチや蜂窩織炎と誤診されることもあります。
確定診断は経気管支肺生検などによる組織診断ですが、通常は自然経過で治癒することが多いので、眼所見がなければ取り敢えず侵襲の少ない小唾液腺の生検、あるいは血中アンジオテンシン変換酵素の測定に留め、経過を見てもよいと思います。なお、もしこの疾患であったとすると、結節性紅斑の病変部を生検したとしても診断がつかない可能性があります。
(1998年2月13日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)吸光度を表す用語として(a)optical density(O.D.)、(b)absorbance、(c)extinctionがありますが、これらの違いについて教えてください。(長野県 臨床検査技師)
(A)次の通りです。
(a)optical density(O.D.)
今日のように分光光度計が一般化する以前は電光光度計を用いて計測していました。この場合には吸光度ではなく透過光の割合すなわちOD(%)で表現していました。その名残が残っているのですが、この言い方は分光光度計を使っている現状では問題があると思います。ただし実際にはこの名前も同じ意味に使われています。
(b)absorbance
今日ではこの表現が最適です。(optical)absorbancy , absorption at....nm といった表現もあります。なおabsorbanceを吸収度、absorbancyを吸光度と区別するべきだという意見もあります。
(c)extinction
ご存じのように分子吸光係数は molecular extinction coefficient と表現されますが、一般的に吸光度を表現する場合には用いられないようです。
(1998年2月12日 認定臨床検査医 戸谷誠之(No.158))
(Q)所属する大学病院で、MRSAの環境調査をはじめて行うことになりました。院内感染対策委員として実施計画を立案中ですが、考え方のポイントをご教示下さい。(東京都 臨床検査医)
(A その1)環境調査は以前はかなりやられましたが、実際に環境からの感染は少ないことが分かってきたので、最近では透析液以外の定期的な環境調査はしていません。MRSAに限らず、環境調査の具体的なやり方については標準的と言える方法はありません。それぞれ自分の施設にあった方法を工夫しているようです。院内感染予防には手洗いやうがいの徹底等、人から人への感染を断つことが最も重要で効果的です。
(A その2)環境調査は、日本の専門家の間では意見が分かれます。
私は、お金と人手に余裕があれば環境調査をすることには、反対はいたしません。病院関係者に対して教育的な意味があるからです。この際に、希望することはその後の病院感染の発生率がどのように変化したのかをサーベイランス、モニターすることの重要性です。この体制ができておらず、環境調査をすることはほとんど意味がありません。
この結果、環境からの感染は当初に考えれていたほどに多いものではないことが明らかにされ、現在の米国では環境調査は以前のようにはやられなくなっています。なお、当院も現在は(特定の菌により病院感染が多発するような状況が生じない限り)、手術室の水と透析液以外は定期的な環境調査をしていません。
病院感染防止に大切なことは、環境調査や患者さんの各種の感染抗体の検査ではなくて、ユニバーサルプリコーション、スタンダードプリコーションです。
(A その3)私共の施設では一般病棟を対象にしたMRSAの環境調査の経験はありません。総合診療部(CCMC)で過去3回行ったことはありますが、これは年に1回の外注業者による大がかりな消毒作業の際に、作業の評価を兼ねて日常の汚染度を評価する目的で行いました(消毒前と後)。消毒直後の拭き取り調査は、清掃管理の一環として行っています。以下それに基づいて回答致します。
(1)必要十分な検体数について
検体数は、少な過ぎれば結果の信頼性に乏しく、たくさんあればそれだけ経費がかさみます。一般病室での細菌汚染の許容範囲の基準がある訳ではありませんので、これらを考慮して、あとは現場の医師、看護婦の希望を聞き入れながら数を決定されるとよいと思います。私共の場合、CCMCの患者1人当たり15〜20ヶ所(床6、ベッド4、床頭台2、オーバーテーブル2、交換車2など)を調査しました。各調査箇所につき、一般細菌用とMRSA用のスタンプ培地を1枚ずつ、両手で2つの培地を近接させて採取します。MRSAの数だけでなく、汚染細菌全体の数とそれに占めるMRSAの割合が評価の一つとなるからです。
(2)コスト(院内実施と外注の場合)について
国立大学の場合、院内感染対策費などの予算はおおよそ決まっていますから、そのうちどのくらいを環境調査に割くかが問題になると思います。培地の値段などは現場のスタッフに知らせ、無駄のないように調査の範囲を決めます。私共では当初、院内感染対策費もなく、業者に任せて拭き取り調査をした場合100万円以上かかると聞き、院内(検査部)で行うことにしました。経費は培地のみの総額で13万円余りでした(一般細菌用とMRSA用培地がそれぞれ1枚当たり約150円程度)。ただし、この経費には付随する諸々の検査費用(大した額ではありません)や人件費(確かに人手と時間を食います)は含まれていません。昨年は初めてこの調査を外注しましたが、40ヶ所を病院側で指定して消毒作業の前後に行ったところ経費は36万円でした(1検体当たり一般細菌とMRSAを含めて4500円)。現場の医師や看護婦も、これまでの経験から自分達で採取場所をかなり絞り込んでいました。
(3)採取方法と培地について
採取方法によって検出感度が異なるようです。スワブで採取するのは、生食などに洗い出す方法ですと回収率が変動しやすいですし、採取面積も不正確になりがちで、半ば定性試験に終わってしまいます。可能な限りスタンプ式をお勧めします。MRSA用の培地は選択がかかるため、菌の発育が様々に抑制されるなどの問題があるようですが、一定の条件で汚染度を比較すればよいのですから、どこの製品でもよいように思います。
(4)環境調査の意味づけについて
米国CDCの見解(http://www.cdc.gov/ncidod/hip/Guide/handwash.htm#microbiologic)にしても、一般的見識からしても環境調査はあまり意味がないとされています。しかし、その判断も体験しているからこそ言えるという気がします。どのように実施して、どのように結果を利用するかが差し当たっては重要でしょう。
実施するに当たっては、現場の医師や看護婦の意向を尊重すること、スタンプ採取する作業は、現場の医師や看護婦が主導で行えるような状況を作り出すのがよいと思います。調査を受ける側の主体性が、後々の行動に反映されるように思います。
結果が出ましたら、データをまとめ、コメントします。参考までに私共の方法をご紹介しますと、まず、一定面積当たりのコロニー数から汚染度を4段階に分け、各ランクがそれぞれ調査地点全体の何%を占めるかを調べます。患者別(MRSA検出患者、非検出患者、患者不在の地点)、場所別(床、ベッドなど)にも同様にして評価をします。こうすることで、予想外に濃厚な汚染地点が見つかり、日常の消毒システムの盲点を見いだすことができます。反対に予想以上にきれいな箇所があれば、清掃回数を少し減らして、もっと必要な業務に振り向けるなど、時間や経費の節減にも役立てられます。MRSAが検出されるような患者を受け持つ病棟は、概して忙しいところが多いようです。環境調査の結果を経済効率の評価に結びつけて利用することも大切です。
鼻腔の保菌調査はCCMCのスタッフには行いません。除菌が不可能なら行わない方がよいと思います。誰もが保菌者と考えて対応して頂くほうがよいと思います(マスクをするという意味ではありません。効果から言えば、手洗いのみに徹してもよいと思います)。
(1998年2月12日 認定臨床検査医 岡田淳(No.145)―A その1、熊坂一成(No.236)―A その2、松野容子(No.327)―A その3)
(Q)不整脈の既往のある患者さんついて、安静状態の心電図では所見がなかったので、患者さんと話をしながら再度記録したら今度は期外収縮が出現しました。原因は何でしょうか。(福岡県 臨床検査技師)
(A)不整脈といっても、心筋梗塞などの基礎疾患がある場合と、健康な人に見られるものでは重要性が全く異なります。したがって一概には言えませんが、一般的には不眠、精神的ストレス、コーヒー摂取、喫煙、食後の消化管反射などの誘因が知られています。特にカテコールアミンは心筋の興奮性を増すので、交感神経が緊張したり、副腎髄質が刺激された場合には不整脈が出やすくなります。なお、運動負荷は必ずしも不整脈の誘因になるとは限らず、影響は一定していません。
ご質問の状況で考えられるのは、患者さんが緊張されたためではないでしょうか。一度心電図を取った後、何も言わずにもう一度取れば、患者さんは「何か重大な異常が見つかったのではないか」と不安になるでしょう。またそのようなときに術者が話をすれば、一言も聞き漏らさないように全神経を集中し、その言葉ひとつひとつに一喜一憂してますます緊張が高まります。今回は意図せず「ストレス負荷」がかかったため、不整脈が誘発されてしまったのも知れません。
言うまでもないことですが、正確な生理検査の結果を出すためには、患者さんの気持ちを考えながら術者が落ち着いて振る舞うことが大切です。
(1998年2月9日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)血液の塗沫標本は、作成してから染色までに時間がたつと青く染まる傾向があります。どのような原理でそうなるのでしょうか。(大阪府 臨床検査技師)
(A)結論から言うと、残念ながら理由はよく分かっていません。もともと染色技術は数多くの試行錯誤を重ねて経験的に確立されてきたため、「なぜ染まるか」といった基本的なことすら未だ十分には解明されていないのです。
経験的には、塗沫標本が5〜7日たつと青く染まるようになり、時間と共にその傾向が強まります。pHがアルカリ側に傾くと青く染まる傾向があることから、染色時のpHとの関連が考えられますが、はっきりしません。染色の仕上がりに影響する因子としては、この他にもスライドグラスの表面処理・標本の乾燥方法・染色時の温度・染色液の載せ方・染色時間などがあり、さらに同じ組成の染色液でも、色素の精製度や調整時の微妙なさじ加減により影響を受けます。これらの因子をうまく管理し、常にきれいな標本を作るのが腕の見せどころと言える訳ですが、それぞれの影響する機序となると実はよく分かっていないのが実情です。
このように臨床検査の分野では、当たり前のように行われていることでも、まだまだ解明し改善すべき点が残されています。疑問を持つということは解決への第一歩ですので、この機会にこの問題を少し深く研究してみてはいかがでしょうか。
(1998年2月9日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)赤血球の不規則抗体検査はすべての手術について保険請求可能でしょうか。(鹿児島県 臨床検査技師)
(A)手術患者の不規則抗体検査の算定には、術前検査として一括請求に含める場合と、個別に請求する場合があります。保険審査の際問題になる可能性があるのは後者の場合です。輸血を行った場合は当然輸血前検査の一環として不規則抗体検査を行いますから、適応になります。結果的に輸血を行わなかった場合でも、タイプ&スクリーンを行う場合は不規則抗体検査を行いますから、全く輸血の可能性がない外来手術などを除けば、原則として適応になります。もちろん審査の基準は都道府県ごとに定められ、完全に統一されている訳ではありませんので、個別症例の事情によって多少の例外はあり得ます。
なお、タイプ&スクリーンについては過去のQ&Aでも触れられていますので、ご参照ください。
(1998年2月9日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269)、土屋達行(No.244))
(Q)病棟採血の検体で血清K値が6.4mEq/lであったため、取り直したところ4.6mEq/lでした。TP・Alb・T-Bil・AST・ALT・ALP・LDH・BUN・Cre・UA・Na・Clは正常範囲で有為な変化はありません。ときどき起こるのですが、何が原因でしょうか。
(A)説明のつかない異常値に遭遇したとき、再検して正常値が得られ、頻度も少なければそのままにしてしまいがちですが、きちんと原因を探って対処するのはとても大切なことです。ひょっとしたら他の検体でも今まで気付かなかった問題が起きているかも知れません。原因はいくつか可能性がありますので、順を追って考えてみましょう。
(1)溶血
赤血球には血清中に比べて極めて高い濃度でカリウムが存在しているので、わずかな溶血でも血清カリウム値は大きく上昇します。ただし、ご質問の例のように1.8mEq/l上昇するには、ヘモグロビン濃度にして300〜500mg/dl程度の溶血が必要です。およそ60mg/dl以上であれば肉眼で溶血がわかるので、もしそうでなかったなら別の原因を考えなくてはなりません。またその程度の溶血があれば、TP、AST、LDH、Cre、UAも影響を受けるはずなので、この例には当てはまらないと考えられます。
(2)白血球あるいは血小板の増多
血液が凝固するときには、白血球および血小板からカリウムが放出されます。したがってそれらが著しく増加している検体では、血清分離の過程で血清中のカリウム濃度が上昇します。ただし、最初の検体は血清で測定し、再検の検体を血漿で測定したような場合を除いては、再検によって値が変化することは説明できません。
(3)冷却保存
細胞内外には150mEq/l近くのカリウム濃度の落差がありますが、この濃度勾配を維持しているのは細胞膜のNa-K-ATPaseのはたらきです。普段は細胞外に漏れ出たカリウムをせっせと細胞内に運び込んでいますが、温度が下がると酵素活性が低下して漏れ出るスピードに追い付かなくなり、時間と共に血漿中のカリウム濃度が上昇してしまいます。検体を全血のまま冷蔵庫に保存してはならないのはこの理由によりますが、気温の低い季節には室内に放置しても同じことが起こり得ます。
さて、以上の可能性を考え、白血球あるいは血小板の増多はないか、抗凝固剤を使わなかったか、検体の保管場所の温度はどうかなどを見直してみてください。このような現象がときどき起こっているなら、必ず原因が見つかるはずです。
(1998年1月30日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)多発性骨髄腫の患者で、免疫グロブリンのM蛋白と共に尿中ベンスジョーンズ蛋白(BJP)が認められることがあります。これは軽鎖のみを産生する骨髄腫細胞が存在するのか、あるいはM蛋白から軽鎖が遊離するのか、あるいは別の機序なのでしょうか。
(A)免疫グロブリンは形質細胞の中で重鎖と軽鎖が別々の遺伝子により作られ、細胞内で合体して放出されます。その際、通常は軽鎖が過剰に生産されるために、一部は軽鎖だけの形で放出されます。この軽鎖は尿中に排泄されますが、健常人では量が少ないために免疫電気泳動検査などでは検出できません。ただし、リウマチ性疾患などで免疫グロブリンの産生が著しく亢進した場合には、ポリクローナルな軽鎖が多量に尿中に認められるようになります。例えばIgG(λ)型の骨髄腫の場合は、モノクローナルなIgGに加え、モノクローナルな過剰λ鎖が大量に産生され、尿中にベンスジョーンズ蛋白として現れます。重鎖と軽鎖はS-S結合で結ばれているので、IgGから軽鎖が遊離する割合は少ないと考えられます。
なお、骨髄腫の数%には2種類のM蛋白が認められ、この場合には2つの系統の骨髄腫細胞が存在する可能性が考えられています。したがってIgGを産生する骨髄腫細胞とは別に、軽鎖のみを産生する骨髄腫細胞が存在する可能性は否定できませんが、今のところそのような症例は見つかっていません。
(1998年1月23日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)動脈血ガス分析を行うとき、検体を氷水に入れるのはなぜですか。(臨床検査技師)
(A)採血後も血液中の白血球は活発に代謝活動を続けているため、酸素を消費して二酸化炭素を放出します。特に白血病などで白血球が著しく増加していると、室温では急速に酸素分圧が低下します。ご質問にある通り、氷水で冷やすのは白血球の代謝を抑制して、測定値に影響を与えないようにするためです。ただしそのような処置をしても、酸素分圧は1時間に1mmHg低下し、二酸化炭素分圧は1時間に0.6mmHg上昇するので、測定までにあまり時間を空けることは避けるべきです。一方、採血の時に空気が混入すると、時間と共に酸素分圧の上昇と二酸化炭素分圧の低下を招いてしまうので、検体をよく見て泡を完全に追い出しておくことも大切です。
(1998年1月23日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))
(Q)「検体検査管理加算」について解説してください。特に施設基準にある「臨床検査を専ら担当する常勤の専門医」ついて、実際にはどの程度厳しく審査されるのでしょうか。
(A)日本臨床病理学会からの長年にわたる要望と臨床検査医の日常活動が評価され、検体検査管理加算が平成8年度の診療報酬改定で認められました。その内容は、臨床検査の専門医の常勤する施設基準に適合した病院では入院患者1人につき月1回100点が請求できるというものです。検体検査管理加算の申請は都道府県単位で行います。1000床の総合病院を例にとりますと、1カ月約150万円程度の収入となり(年間1800万円位)、病院の医療収入に大きく貢献することになります。
臨床検査を専ら担当する常勤の医師とは厚生省保険局審査課の見解によると、日常業務時間の80%を臨床検査の管理・運営にあたっている専門医をいい、他科との兼任は認めないことになっています。
厚生大臣の定める施設基準(第16の2検体検査管理の施設基準)
- 1.
- 臨床検査を専ら担当する常勤の専門医が1名以上いる。なお、臨床検査を専ら担当する専門医とは、勤務時間の大部分において検体検査の判断の補助を行うとともに、検体検査全般の管理・運営に携わる者をいい、他の診療等を行っている場合はこれに該当しない。
- 2.
- 次に掲げる緊急検査が当該保険医療機関内で常時実施できる体制にある。
- ア)血液学的検査のうち未梢血液一般検査
- イ)生化学的検査のうち以下に掲げるもの
- 総ビリルビン、総蛋白、尿素窒素、クレアチニン、グルコース、アミラーゼ、CPK、Na、Cl、K、Ca、GOT、GPT、血液ガス分析
- ウ)免疫学的検査のうち以下に掲げるもの
- ABO血液型、Rh(D)血液型、クームス試験(直接、間接)
- 3.
- 定期的に臨床検査の精度管理を行っている。
- 4.
- 外部の精度管理事業に参加している。
- 5.
- 臨床検査の適正化に関する委員会が設置されている。
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(1998年1月22日 認定臨床検査医 森 三樹雄(No.45))
平成10年度の診療報酬改定で、検体検査管理加算は入院患者1人につき月1回200点に倍増されました。1000床の総合病院を例にとりますと、1カ月約300万円程度の収入となり(年間3600万円位)、病院の医療収入にいっそう大きく貢献することになります。
(1998年2月27日 認定臨床検査医 森 三樹雄(No.45))
なお臨床検査を専ら担当する常勤の専門医の条件とは、厚生省の見解としては臨床検査部で働く専任医師(兼任医師は不可)が1人以上おり、この専任医師の仕事のうち臨床検査部の仕事を80%以上占めている場合に認可すると言っております。日本臨床病理学会認定の認定臨床検査医の他に、近年、病院の都合で他科の医師(特に内科医、病理医)が臨床検査部に移り、検査部の専任医師となる人も増えてきております。これらの医師の中で、日本臨床病理学会の認定試験を受験して認定臨床検査医の資格を取得する人が多くなっております。
臨床病理学教室や臨床検査医学教室の教授でも、講義・実習・研究などの時間が多く、20%以上あるとして認可されなかった例もあります。このような場合は、医局員の医師の名前で認定を受けております。なお、実際の認定申請はそれぞれの都道府県の知事宛に出しますが、地域により多少の解釈の違いはあるようです。
【参考文献】
- [1]
- 〔特別鼎談〕医療と臨床検査のあり方を考える.MODERN LABORATORY.2:2〜9,1996.
(1999年7月2日 認定臨床検査医 森 三樹雄(No.45))
(Q)B型肝炎ウイルスのワクチン接種後の抗体価は、定量値ではどのくらいあれば感染予防効果があるのでしょうか。(長野県 臨床検査技師)
(A)アメリカのCDCの報告によれば 、HBs抗体の最小感染防御量は10mIU/mlです。わが国では従来よりPHAにおける24倍を最小感染防御量としてきました。この抗体価に相当する定量値は、EIA法で30mIU/mlであったとする報告[1]と70mIU/mlであったとする報告[2]があり、測定方法により値が異なるため当然結果の解釈も異なってしまいます。厚生省の指針は未だPHAで24倍としていますが、最近ではCLEIA法(Chemiluminescent Enzyme Immunoassay:化学発光酵素免疫測定法)その他のEIA法が普及していますので、そろそろ新しい基準が必要です。実際には、CLEIA法で20mIU/ml以上あれば感染防御能があると考えてよいでしょう。5mIU/mlでも感染防御能はありますが、20mIU/ml以下ですと1年以内に低下してしまう可能性が高いので、年に1度は測定し必要に応じてワクチン接種による追加免疫を行います。
【参考文献】
- [1]
- 飯野四郎他:各種ワクチン接種者に対するMicro Particle Enzyme Immunoassay(MEIA法)によるHBs抗体の検出、Prog. Med.13:1493-1496、1993
- [2]
- 園部一成他:IMxオーサブでのHBV汚染事故後におけるHBs抗体の測定、基礎と臨床 28:4329-4339、1994
(1998年1月7日 認定臨床検査医 中村良子(No.241))
(Q)HCV抗体陽性者の検査の進め方と、HCV-RNA検査の種類と選び方、HCV-RNAとHCVコア抗体の同時測定が保険で算定可能かどうかを教えて下さい。
(A)HCV抗体陽性の場合、現在ウイルスに感染しているのか、過去の感染なのかを区別することが最も大切で、そのためにPCR法を用いた高感度のHCV-RNA定性検査を行います。陽性であれば、次はインターフェロン(IFN)治療に反応しやすいタイプか否かの区別が大切で、そのためにHCV-RNAの定量とグルーピング(ウイルス株の判別)を行います。HCV抗体陰性あるいはHCV-RNA陰性の場合も、肝機能に異常がある場合は感染を完全には否定できないので、経過観察が不可欠です。表1にHCV関連検査を、図1に検査のフローチャートを示します。
HCV-RNAの検査法は分岐DNAプローブ法とPCR法に大別されます。分岐DNAプローブ法の原理は核酸ハイブリダイゼーション法であり、標識プローブを増幅して化学発光法で検出します。一方PCR法はDNAを増幅する方法なので、RNAウイルスであるC型肝炎ウイルスでは、血清から抽出したHCV-RNAから逆転写酵素で作成したcDNAを増幅する、RT-PCR法が用いられます。感度を増すため、PCR後プライマーで挟まれた領域の内側に設定した第2のプライマーを用いて、もう一度PCRを行うRT-nested PCR法も用いられます。検出感度は分岐DNAプローブ法が5×105コピー、RT-nested PCR法が20コピーと言われていますので、少ないウイルスを確実に検出するときにはRT-nested PCR法を用います。ただし操作が煩雑なため、ウイルス量の評価等の場合には比較的簡便で定量性に優れた分岐DNAプローブ法を用います。両者の特徴を表2にまとめておきます。
HCVコア抗体は免疫学的検査判断料、HCV-RNAの定性・定量検査は微生物学的検査判断料に含まれます。したがって各検査点数についても別枠ですので、理屈の上では同時算定が可能と判断されます。ただし、HCVコア抗体価はHCV-RNA量とよく相関するので、明らかにHCV-RNA量が増加しているのに、漫然とHCVコア抗体を定期的に測定している場合などは、過剰検査と判断され請求をカットされる恐れがあります。
(1998年1月7日 認定臨床検査医 中村良子(No.241))
図1 HCV検査のフローチャート
HCV抗体
(−)<────┴────>(+)
↓ ↓
ALT(GPT) HCV PCR定性
異常あれば (−)<―――┴―――>(+)
経過観察・ ↓ ↓
超音波検査・ ALT(GPT) HCV PCR定量
肝生検 異常あれば グルーピング
経過観察・ IFN不適応<―┴―>IFN適応
超音波検査・ ↓ ↓
肝生検 経過観察または 肝生検
他の治療
|
表1 HCV関連検査項目
抗体 |
PHA、PA、EIAなど(第1世代〜第3世代) |
コア抗体 |
RIA C領域(C22-3) |
グルーピング
(Serotype) |
ELISA NS4(C14-1、C14-2) C領域(CP9) |
RNA定性 |
RT-PCR、アンプリコア |
RNA定量 |
CTR-PCR、分枝DNAプローブ、アンプリコアモニター |
型別(Genotype) |
サブタイプ(C領域、NS5) |
その他 |
RIBAテスト(II、III)
RNA超可変領域(HCV-HCVR1)…RT-PCR+SSCP法 (E2+NS1)
プラス鎖マイナス鎖
2-5A合成酵素活性
抗インターフェロン抗体 |
表2 核酸検出検査の特徴
|
長 所 |
短 所
|
合成DNA
プローブ法 |
手技が比較的簡便で処理能力に優れる
Dot blot法より高感度で、アイソトープを使用しない
定量測定が可能で再現性も良好である |
DNA、RNAの抽出が必要
PCR法より感度が劣る |
(RT-nested)
PCR法 |
極めて高感度な測定法である
ウイルス感染の確定診断、早期診断が可能
治療経過のモニタリングや、治癒の確認に有効 |
DNA、RNAの抽出が必要
コンタミネーションによる偽陽性の可能性がある
施設間差、技師間差が大きい
定量性に乏しい
サンプリング検査に伴う測定検出限界がある |