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(Q)血清ヒアルロン酸の日内変動、高値となる原因および食事との関連について教えてください。

(A)高分子多糖体(104-107daltons)であるヒアルロン酸(以下HA)は、結合組織の構成成分とし て体内に広く分布し、特に皮膚と骨格筋の細胞間基質に多く含まれています。その合成は主に線維芽細胞で行われ、基質の分解により遊出したHAはリンパ節の上皮細胞で代謝され、残りがリンパ管を経て血中に入り、肝臓の内皮細胞で異化されます。total body turnoverは約4g/日、血中における半減期は2日以下とされています。血清HA濃度は10-100μg/Lで、血漿中の方が血清中より5%高い値を示します。加齢により上昇しますが性差はありません。
 日内変動については、HAが運動後増量するため、午前中よりは午後に上昇すると考えられます。血中HA濃度の上昇する機序としては、炎症性刺激による合成の促進、基質における分解の亢進、肝臓における代謝の異常などがあります。例えば、リウマチ(炎症性刺激による滑膜細胞の過形成と合成亢進)、肝硬変(肝での分解能低下)、強皮症(結合組織での合成亢進)、中皮腫(腫瘍細胞での合成亢進)、癌の結合組織への浸潤などで血清HAの上昇がみられます。なお、食物の吸収・異化経路を考えると食事による影響はほとんどないと思われます。

【参考文献】
[1]
Fraser JRE, Laurent TC:Turnover and metabolism of hyaluronan. In: The biology of hyaluronan. Wiley, Chichester (Ciba Foundation Symposium 143):41-59, 1989.
[2]
Laurent TC, et al.:Hyaluronan in inflammatory joint disease. [Review] Acta Orthop Scand 66 (Suppl 266):116-20, 1995.
[3]
Guechot J, et al.:Serum hyaluronan as a marker of liver fibrosis.[Review] J Hepatology 22(2 Suppl):103-106, 1995.
(1996年12月24日 認定臨床検査医 大谷英樹(No.44))


(Q)HPLC法による神経芽細胞腫マススクリーニングにおいて、尿中VMA、HVAが正常上限の3倍くらいの高値を示すにも関わらず、画像診断で腫瘍を発見できない場合、食事の影響による可能性はどの程度考えられるでしょうか。(広島県 小児科医)

(A)HPLC法によるVMA、HVAの測定は、食物中に含まれるVMAとHVA、およびそれぞれの前駆物質であるノルアドレナリンとドーパミン、あるいは中間代謝物であるバニラなどにより影響を受けます。食物中の含有量は、VMAやHVAそのものは少ないのですが、ノルアドレナリンやドーパミンは思いの外多く含まれており、特にバナナでは大量に含まれています(バナナ1本当たりノルアドレナリン950μg、ドーパミン14,000μg)。即ちバナナ1本には、尿中1日排泄量の基準値上限の10倍程度のノルアドレナリンやドーパミンが含まれていることになります。VMAやHVAについてのデータは持っておりませんが、尿中のノルアドレナリンやドーパミンは、バナナを1本食べることによって3〜4倍高値となりますので、最終代謝物であるVMAやHVAの値にも大きく影響することが予想されます。文献では、Odink-Jらがバナナ摂取時の尿中VMA、DOPAC、5HIAAおよびHVAの増加を報告しています[1]。したがって検体採取時には食事制限が不可欠であり、特にバナナの摂取は避けるべきです。
 なお、これらの要因を除外してもなおVMAやHVAが高値を示す場合は、画像診断による精査を一定期間ごとに継続することが望ましいと考えます。

【参考文献】
[1]
Odink-J, et al.:Simultaneous determination of the major acidic metabolites of catecholamines and serotonin in urine by liquid chromatography with electrochemical detection after a one-step sample clean-up on Sephadex G-10; influence of vanilla and banana ingestion. J Chromatography, 424:273-283, 1988.
(1996年12月6日 認定臨床検査医 中井利昭(No.188))


(Q)抗生物質を投与中の新生児からマススクリーニング用の検体を採取した場合、ガスリー法で用いる枯草菌の増殖が抑制され、偽陰性となる恐れがあります。(1)抗生剤中止後どの程度間隔を空ければ影響を防げるでしょうか。(2)どのような種類の抗生物質が影響するのでしょうか。(3)抗生剤の投与中に採取しても影響を防げるよい方法はないでしょうか。(広島県 小児科医)

(A)各項目ごとに説明します。

(1)使用する抗生物質の生体内半減期と枯草菌についてのMIC(最小発育阻止濃度)が分かれば判断できるのですが、残念ながら新生児についての正確なデータはありません。ただし製薬会社が情報を持っている場合があるので、問い合わせてみてはいかがでしょうか。一般的には、アミノグリコシド系の場合は半減期が短いので、5日間は必要ないと思われます。一方バンコマイシンの場合は半減期が長いので、より間隔を空ける必要があると思われます。

(2)ガスリー法は枯草菌(ATCC6633)芽胞懸濁液を使用しています。この菌は、アミノグリコシド、バンコマイシン、βラクタムなど、殆どの抗生物質で発育が阻害されます。なお大量投与実験では、ペニシリン系、セフェム系の他、マクロライド系の一部、リファンピシンなどが検査成績に影響しますが、ジョサマイシン、クロラムフェニコール、カナマイシン、コリスチンなどでは影響を受けません[1]。
 ATCC6633の薬剤感受性については、ATCC(American Type Culture Collection)がインターネットで公開している情報をご覧になることをお勧めします。 http://www.atcc.org/catalogs/catalogs.html で bacteriology のカテゴリーにて、ATCC 6633(間にスペースをお忘れなく)を検索すると得られます。あるいは、特定の抗生物質については製薬会社が情報を持っている場合があるので、問い合わせてみるのもひとつの方法です。

(3)対策としては、抗生物質の不活性化処理を行う試みがなされています。NaOH, HClによる酸アルカリ固定法により、ペニシリン系、セフェム系、マクロライド系の一部、リファンピシンは50μg/ml まで発育阻害を受けなくなります[2]。また、血液培養のカルチャーボトルに使用されている抗生物質の吸着剤(Becton Dickinson社)の利用も考えられますが、残念ながらガスリ−法への応用は検討されていません。
 むしろ最近では、このような手間をかけるより、抗生剤治療を受けている新生児については通常のスクリーニングと同時に、確認試験であるアミノ酸分析を提出する方向にあります。主な代謝疾患と血中に増加するアミノ酸は以下の通りです。
・フェニルケトン尿症: フェニルアラニン
・メープルシロップ尿症: バリン、ロイシン、イソロイシン
・ヒスチジン尿症: ヒスチジン
・ホモシスチン尿症: メチオニン、ホモシスチンなど
・シスチン尿症: 尿中リジン、アルギニン、オルニチン、シスチン
 これらアミノ酸分析は保険収載されており、通常の大手コマーシャルラボで測定可能ですが、スクリーニング事業との兼ね合いについては各地方自治体の衛生部等にご相談ください。

【参考文献】
[1]
成瀬浩、松田一郎編:新生児マススクリーニングハンドブック、1989、南江堂
[2]
山上裕次ほか(神奈川県予防医学協会):ガスリー法における発育阻害検体に対する抗生物質不活性化の検討、代謝異常スクリーニング研究会会報、9:128-130、1985.
(1996年11月8日 認定臨床検査医 戸谷誠之(No.158)、木村 聡(No.302)、市原清志(No.182)、山口一郎(No.294)、松野容子(No.327)、西園寺 克(No.234))


(Q)βトロンボグロブリンの(1)臨床的意義、(2)判定基準、(3)検体採取時の注意点について、分かりやすく説明してください。

(A)各項目ごとに説明します。
(1)βトロンボグロブリン(β-TG)は、未刺激時の血小板内ではα顆粒内に存在していますが、種々の刺激により血漿中に放出されます。したがって血漿中のβ-TGが高値を示せば、生体内(循環血中)での血小板の活性化や、血小板破壊の亢進が疑われます。
(2)RIA法によるか、EIA法によるかで正常値が若干異なり、また測定キットや施設によっても正常値が異なるので、施設ごとに正常値を設定する必要があります。例えばAmersham社製のRIA法では、正常の上限はおよそ30〜35ng/mlと考えられます。
(3)β-TGの測定は非常に高感度であるため、採血時のわずかな血小板の活性化によっても見せかけの高値を示す恐れがあります。例えば駆血帯の巻き方が強すぎて、血小板が駆血部位で狭まった動脈壁に衝突して活性化されたり、採血に手間取って血小板が活性化されたりすれば、生体内で血小板の活性化が起きていなくても高値を示すことがあります。
 この他、採血がうまく行ったとしても、注射器から検体容器への分注、転倒混和、氷水中での静置、遠心分離、上清の採取など、血漿分離にまつわるこれらの操作が正しく行われなかった場合にも、血小板の活性化により見せかけの高値を示すことがあり、検体の取り扱いには十分な注意が必要となります。
(1996年9月25日 認定臨床検査医 松野一彦(No.345))


(Q)卒業研究で過酸化脂質を測定したいのですが、通常用いられている方法を分かりやすく説明してください。(広島県 大学生)

(A)そもそも過酸化脂質(LPO)は単一な物質ではなく、脂肪中に含まれる高度不飽和脂肪酸に酸素が結合したものを総称します。従って単一の物質でないため、その測定法は本質的に問題が多く、これまで報告されている方法はいずれのもさまざまな問題を含んでいることをまず承知して下さい。そこで測定あるいは結果の解釈に際しても、どの測定法を用いるかにより単位や値がかなり異なりますので十分注意してください。たとえば八木法では単位はMDAの量としてnmol MDA/ml, MB-Hb法ではLPOの量としてnmol/mlで表示されます。
 測定法として、わが国で最も一般的に利用されている方法は八木法[1]あるいはそれに準拠する方法です。この方法は過酸化脂質を分解し、生じたマロンアルデヒド(MDA)をチオバルビツール酸(TBA)と縮合反応させ、生じた赤色化合物の蛍光を測定する方法です。これには蛍光光度計が必要で、励起波長515nm, 蛍光波長553nm が用いられます。同じくTBA色素を比色定量する方法もありますが、特異性が落ちるようです。いずれの方法も和光純薬でキット化されて発売されています。
 その他八木別法[2]といわれる方法などもあります。これはR-OOHをヘモグロビンを触媒として R-OHとする反応とカップルさせ、メチレンブルー誘導体をメチレンブルーに変え、これを675nmで測定する方法で、MB-Hb法などといわれています。詳しくは下記の文献などを参考にして下さい。

【参考文献】
[1]
八木国男:血漿過酸化脂質の微量定量法、医学のあゆみ、95:93、1975.
[2]
Ohishi H et al.:A new assay method for lipid peroxides using a methylene blue derivative. Biochem. Int. 10:205, 1985.
[3]
島崎弘幸:過酸化脂質、日本臨床53巻増刊号、627-631、1995.
(1996年9月20日 認定臨床検査医 保崎清人(No.214))


(Q)従来地方衛生研究所で無料実施していたVero毒素の検索を、健保収載に伴い全て医療機関側で実施するよう保健所から求められましたが、腸管出血性大腸菌感染症の伝染病予防法による指定を受け、検査部門としての具体的な対応指針があればお教えください。(市中病院 臨床検査医)

(A)平成8年8月6日付けの腸管出血性大腸菌感染症の伝染病予防法の指定に伴い、患者及び保菌者の方を診断した医師は、ただちに保健所長に届け出ることが義務づけられました。そこでご質問にあるような状況での診療現場の混乱を防ぐため、日本大学板橋病院の検査部門では以下の対応を考えています。
 血清型:O−157の大腸菌が分離された時点で、
(1)主治医および感染対策委員長に至急(電話)報告のうえ、コメント付き報告書と患者さん向けパンフレットをセットで発行する。
(2)臨床的に赤痢様の症状(腸管出血性大腸菌感染症の症状)があるか、あるいは集団発生(家族内発生を含む)が少しでも疑われれば、Vero毒素産生性大腸菌であることを確認せずに、ただちに所轄の保健所に庶務課を通して患者発生があったことを連絡する。それ以降の菌の同定等に関しては保健所の指示に従うが、伝染病予防法の指定に基づき、ただちに保健所長に届け出たにも拘わらず、Vero毒素産生性大腸菌であることを病院側で確認することを求められた場合は、その詳しい指示内容(事実経過)とその指示をした保健所職員の名前を診療録および感染対策委員長の記録に残す。
(3)臨床的に腸管出血性大腸菌感染症の症状に乏しい場合(保菌者を含む)は、Vero毒素の確認をするために、主治医に連絡をし、その検査の外注指示を受ける(平成8年8月23日現在、当院ではこの間の検体増加に伴う検査技師の残業時間および当該検査を院内処理する場合の経済的採算性の見地から、菌株を外部の検査センターに運ぶものとする)。後日、Vero毒素産生性大腸菌であることが確認された時点で、庶務課から保健所に届け出る。
 なお、血清型:O−157以外の大腸菌で腸管出血性大腸菌の可能性がある菌が検査室で分離された場合の対応も、上記の対応に準ずる。
 また、板橋区で集団発生(疑いを含む)が生じた場合は、細菌検査室でVero毒素の測定キットを緊急に購入し、その検査を行うものとする。
(1996年8月23日 認定臨床検査医 熊坂一成(No.236))


(Q)腸管出血性大腸菌の感染を疑って患児の便を検査したところ、Vero毒素と血清型O26の病原性大腸菌が検出されました。O157の場合と比較し何に注意すべきでしょうか。(奈良県 小児科医)

(A)Vero毒素を産生する大腸菌の中で、最も食中毒の報告が多いのがO157:H7ですが、これまでにO26を含む他の数種類の血清型の大腸菌についても、同じ毒素を産生することが分かっています。
 HUS(溶血性尿毒症症候群、Hemolytic Uremic Syndrome)の報告もO157によるものが最も多いのですが、O26についても成人例のHUS発症の報告があります[1]。ただしまだ症例数が少ないので、その血清型に特有の症状や経過、あるいは菌そのものの血清型以外の生物学的差異などについては、よく分かっておりません。
 これまでわが国で報告されているO157:H7による死者は、全て乳幼児および小児である[*]ことから、細菌の侵襲性よりも、むしろ腸管壁の毒素浸透性や外来細菌に対する常在細菌叢の寛容度など、宿主側の感受性が大きな予後因子であると考えられます。
 したがって感染予防や治療については、O157以外の血清型についても、特に異なる点はありません。いずれの血清型にせよ、HUSを発症した場合には、対症療法以外に効果のある治療法は明らかでないうえ、無治療でも軽快することが多いため、ケースバイケースの対応が必要となります。
 なお、ご質問の内容に関し大変参考になる情報[2]がインターネット上に公開されていますので、ご一読になることをお勧めします。

[*]追記−現在では老人および壮年患者の死亡例も確認されている。

【参考文献】
[1]
Arai T. Inumaru T. Momose T. Morio K. Matsuzaki K. Sano M. Koide K. [An adult case of hemolytic uremic syndrome (HUS) after pathogenic Escherichia coli (E. coli) infection].[Japanese] [Journal Article] Nippon Jinzo Gakkai Shi. Japanese Journal of Nephrology. 37(1):74-80,1995 Jan.
[2]
国立予防衛生研究所細菌部 「腸管出血性大腸菌とは」 <URL http://www.nih.go.jp/~earakawa/O157.html>
(1996年7月16日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269)、岡田淳(No.145))


(Q)精神疾患にSIADHの合併を疑っても、水負荷試験や水制限への協力が得にくい場合が少なくありません。通常の採血または採尿だけで診断できないでしょうか。(東京都 精神科医)

(A)最近では抗利尿ホルモン(ADH)の測定精度が向上したため、SIADHの診断に負荷試験は必ずしも必要ではありません。血中ADH濃度と共にNa濃度・浸透圧を血液および尿で同時測定し、血漿浸透圧が低いにもかかわらずADHが十分抑制されておらず、尿の浸透圧が高いままであること、血中のNa濃度が低いにもかかわらず尿中にNaが排泄されていることを示すデータが得られれば、かなり診断を絞り込むことができます[1][2]。特に理想的な検査が困難な状況では、この範囲のデータで診断を下しても臨床的には問題ないと思います。ただし副腎皮質・甲状腺・腎の基礎疾患や、心因性多飲・脱水などとの鑑別診断が容易でない場合もあるので、個別症例については内分泌または腎の専門家に直接ご相談になることをお勧めします。
【参考文献】
[1]
椎名達也、他:バゾプレシン、広範囲血液・尿化学検査 免疫学的検査(上巻)、日本臨床47巻増刊号、1077-1081、1989.
[2]
木村時久:下垂体後葉疾患 診断と治療のポイントと注意点 2.SIADH、日本内科学会雑誌、83:2110-2116、1994.
(1996年5月30日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))


(Q)運動負荷試験中に動脈血酸素飽和度をパルスオキシメーターで連続モニターしているとき、表示される脈拍数が心拍数の半分位になることがあります。装着方法に問題があるのでしょうか。またこのとき酸素飽和度の計測値は信頼できるのでしょうか。(奈良県 臨床検査技師)

(A)ご質問の内容だけでは確かなことは申し上げられませんが、次のような可能性が考えられます。パルスオキシメーターで計測される脈拍数は、心電図で計測される心拍数とは異なるもので、計測原理も全く異なります。
 下図に示した脈波の1拍めのように、図中(1)の切痕と各脈拍間の境界が容易に判別できる場合は、両者は一致します。しかしR-R間隔が極端に短くなった場合は、図に示した2拍めと3拍めのように、図中(2)が切痕と判定され、合わせて1拍と計測される可能性があります。このときは、パルスオキシメーターの脈拍数が心電図モニターの心拍数より少なく計測されても、装着方法に問題があるとは限らず、酸素飽和度の計測値の信頼性と関係づけることは困難です。
 なお、個々の症例についての原因究明には、心拍数乖離時の心電図と脈波、およびパルスオキシメーターの脈拍検出ロジックなどの分析が必要となります。
(1996年3月11日 認定臨床検査医 須賀龍治(No.286))


(Q)胸水中のアデノシンデアミナーゼ(ADA)が1000U/lを超える異常高値を示した場合、結核菌が胸水および胃液中に培養やPCRで検出されなくても、結核性胸膜炎を疑うべきでしょうか。(山梨県 内科医)

(A)胸水中のADAの値について、一般的には結核性胸水では30〜200U/l(IU/l)位までの高値を示し、200U/l以上の異常高値は殆どみられません。また下記の外国文献によると、膿胸10例のうち5例が47U/l以上の高値を示し、そのうち4例は248〜406U/lと異常高値を示している例がありますが、1000U/l以上の値はみられておりません。日本の文献でもほぼ同じような結果です。ただし、ADAは赤血球中に高濃度に存在するため、胸水中に血液が混ざって溶血した場合には、このような異常高値を示すことがあり得ます。いずれにしろ、胸水中のADAは補助診断として用いますので、この値だけで結核を確定診断することはできません。はっきりした証拠をつかむためには、やはり胸水を検体とした一般細菌の培養、嫌気性菌の培養、結核菌の塗抹培養およびPCRを何度か反復されてはいかがでしょうか。
【参考文献】Valdes L et al.:Diagnosis of tuberculous pleurisy using the biologic parameters adenosine deaminase, lysozyme, and interferon gamma. Chest, 103:458-465, 1993.
(1996年2月2日 認定臨床検査医 森 三樹雄(No.45))


(Q)電離放射線検診の血液一般検査で骨髄球が0.5%認められました。貧血や白血球増加もありません。どのように対処すればよいでしょうか。(企業勤務 産業医)

(A)日常診療で幼若顆粒球が認められることはしばしばあります。しかし、ほとんどの場合、白血病のような血液疾患であったり、その他の基礎疾患があり、白血球数の増加やその他の血液学的な異常所見を伴っています。このような時は、いわゆる骨髄と末梢血の間のバリアーが破壊されたり、バリアーのない骨髄外で血球が産生される結果幼若顆粒球が出現するとされています。しかし健康成人では末梢血中に骨髄球やこれ以上の幼若顆粒球が見られるときは極めて稀です。我々の施設(駿河台日本大学病院)の電離放射線検診(受診者総数約250人/年)の血液一般検査で、過去5年間は骨髄球が出現した症例はありませんでした。しかし、健康成人でもこのような幼若顆粒球の出現することは皆無ではありません。同一人で繰り返し出現することが極く稀に経験されることは事実です。
 ここで確認しておかなければならないことは、本当にその細胞が骨髄球であるかどうかです。現在広く普及している自動白血球分類機能を有する血球計数器では、極めて再現性良く白血球の分画を行うことが出来ます。しかし、幼若顆粒球の出現に関しては、「出現している可能性があります」と言った注意信号を出すだけで、目視による確認が要求されます。つまり「骨髄球」と分類された細胞があるときには、人間の目で判定されたことを示しています。しかもこの症例のように0.5%といった表示は、少なくとも200個の細胞を観察したことを示しています。このように人間の目で判定するので、骨髄球以外の細胞を骨髄球として誤って分類することも皆無ではありません。臨床検査医、あるいは血液形態部門での経験が豊富な臨床検査技師に、本当に骨髄球であることを確認してもらう必要があります。
 骨髄球であることを確認できたのちに行うことは、その他の幼若細胞や赤芽球の出現の有無を確認することです。骨髄球より幼若な細胞や赤芽球が出現している時は、類白血病反応、あるいは白赤芽球症と白血病(慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、急性白血病など)の鑑別診断を行わなければなりません。基礎疾患の検索を行うと供に、好中球アルカリフォスファターゼ活性の検索、可能であれば骨髄穿刺によるフィラデルフィア染色体の検査も行う必要があります。
 ご質問のような症例、即ち骨髄球の出現も少数で、これ以外の幼若細胞が出現していない場合(少数の後骨髄球の出現を伴っていてもよい)は、原因不明の場合がほとんどです。このような場合は、基礎疾患がないことを確認したうえで、念のため、好塩基球の増加の有無、好中球アルカリフォスファターゼ活性の検索を定期的(2-3か月間隔で1年間程度)に実施し、経過を観察する必要があります。この理由は、鎌田らによる原爆被爆者の長期にわたる観察で、顆粒球系の幼若細胞が出現する代表的な疾患である慢性骨髄性白血病では、白血球数の増加に先立ち好塩基球の増加と好中球アルカリフォスファターゼ活性値の低下が認められるからです(→参考資料)。
 このようにして経過を観察し、変化の見られないときは、年に一回の電離放射線検診で経過を追えば良いと思います。
(1995年12月23日 認定臨床検査医 土屋達行(No.244))

(参考資料)
慢性骨髄性白血病の各種臨床所見の出現順序
Philadelphia染色体の出現

好塩基球の増加

好中球アルカリフォスファターゼ活性の低下

白血球数の増加(1〜2×10^4/μl)

幼若顆粒球の末梢血への出現

血清ビタミンB12の増加

白血球数著増(5×10^4/μl以上)

脾臓の腫大

(鎌田七男、他:前白血病状態、最新医学、31:1142-1151、1976)


(Q)健康診断で尿酸値が1.0mg/dl以下を示す例が見つかりましたが、他の血液データに異常がない場合、さらに精密検査が必要でしょうか。(企業勤務 産業医)

(A)ある大学医学部附属病院の検診デ−タを例にとると、受診者1691名中、尿酸が基準範囲(男子4.0〜8.0、女子3.0〜5.0mg/dl)以下の方は125名で、1.0を下回った方は1名のみでした。これらの方々は他に異常所見が見られないため、特に精密検査をせず、定期的フォローアップのみで様子を見ています。ご質問の症例も基本的にはそのような考え方でよいと思いますが、前提として次の3点を検討する必要があります。
(1)栄養状態: その方はBUN, Total Cholesterol, アルブミンなどが低くなかったでしょうか。低栄養状態では尿酸値が低くなる場合があります。飽食の日本では考えにくいように思われますが、白米ばかりの食事や無理なダイエットが原因になる可能性は十分にあります。
(2)測定値の施設間較差: 現在施設間較差の解消に向けさまざまな努力がなされていますが、残念ながらまだ完全ではありません。測定をされている施設の値が常に低めの傾向をとり、かつ健常人の基準範囲として他施設と変わらない値を採用している場合は、結果的に低値を示す健常人の出現率が高くなり、1.0以下の値をみる頻度も高くなります。通常、コマーシャルラボや大病院の検査室では、日本臨床検査技師会(日臨技)やCollege of American Pathologists(CAP)の外部精度管理評価を通じ、各施設の値が他施設に比べて高いか低いかを把握しているので、お問い合わせになってはいかがでしょうか。参考までに、ある大学医学部附属病院検査部の血清尿酸値は、日臨技でちょうど平均値付近、CAPでやや高め(+0.9SD)でした。
(3)干渉物質の影響: 測定法によっては、血清中の共存物質の影響を受け、本来の値より低くなることがあります。現在広く用いられている酵素法では、アスコルビン酸(ビタミンC)などの還元剤や、黄疸、溶血、乳びの影響を受けやすいと言われています。ただしそれらの共存物質も、実際に血中に存在し得る濃度には限界があるので、最大でも0.5 mg/dl程度の低下に留まると考えられます。
 以上ご説明した3つの要因の関与がすべて否定された場合は、先天性の代謝異常を考えに入れる必要が出てきます。キサンチン尿症、特発性腎性低尿酸血症などが考えられますが、いずれも尿路結石を作りやすいと言われているので、そのような症状や所見を認めた場合には、精密検査を受けていただくよう指示する必要があります。
【参考文献】赤岡家雄:「尿酸」、正常値と異常値の間(河合 忠編、改訂第4版)、中外医学社、504-507、1995.
(1995年12月7日 認定臨床検査医 木村 聡(No.302)、高木 康(No.217))


(Q)検診で著しい高コリンエステラーゼ血症が見つかりましたが、他に異常がない場合どうすればよいでしょうか。(埼玉県 内科医)

(A)日常臨床において高コリンエステラーゼ血症を見たときに除外すべき疾患は、脂肪肝、ネフローゼ、甲状腺機能亢進症等ですが、これらが疑われないにもかかわらず著しい高値を示す場合は、本態性家族性高コリンエステラーゼ血症が最も疑われます。現在までのところ、本症はコリンエステラーゼが著しく高値を示す以外、症状や何らかの疾患との関連は全く見つかっていません。また、最近の調査では発生頻度は予想外に高い(報告によっては約8%)ようです。したがって患者さんに無用の不安を与えないように配慮してください。
 以前コンサルテーションを受けた72歳女性の症例では、値が正常上限の約3倍で、電気泳動法によるアイソザイム分画で第4分画の陰極側に異常バンドが疑われ、常染色体優性遺伝のPseudocholinesterase C5変異症と診断されましたが、臨床的に全く問題ありませんでした。ただし、サクシニルコリンなどの抗コリンエステラーゼ剤には抵抗性を示す可能性があるので、手術時には主治医が把握しておくべき医療情報であると考えます。
(1995年11月20日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269)、保崎清人(No.214))


(Q)心筋マーカーのCPK-MB、MLC-I、トロポニンTの見方について分かりやすく説明してください。(埼玉県 脳神経外科医)

(A)MLC-I(心室筋ミオシン軽鎖I)は骨格筋の赤筋にも存在し心筋に特異的ではありません。CPK-MBは心筋により特異的ですが、患者毎の正常値のぶれが大きいこと、骨格筋にも少し存在すること、心筋梗塞での上昇率が今ひとつなどの限界があります。
 心筋トロポニンTは心筋だけに存在するので、心筋障害を最も特異性に検出できます。心筋梗塞では、まず細胞質に含まれている可溶性分画が血液中に逸脱し、14時間前後で鋭いピークを形成します。一方筋原線維に含まれているものは12〜15時間後頃から血液中に出現し、40〜100時間でなだらかなピークを形成します。異常値は7〜20日間持続します。なお存在様式から考え、障害を受けたときの逸脱のしやすさは、CPK-MB≧心筋トロポニンTの細胞質に含まれる分画≫心室筋ミオシン軽鎖I≧心筋トロポニンTの筋原線維に含まれる分画、との推測が可能です。
 参考資料としてA)存在場所B)臓器特異性C)急性心筋梗塞後の臨床検査値の推移【参考文献】を添付しましたので、ご参照ください。
(1995年5月26日 認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269))

参考資料 A)存在場所

心筋細胞
├核
├細胞質
│├CPK(アイソザイム:CPK-MM:76%、CPK-MB:22%、CPK-BB:2%)
│├GOT
│├LDH(アイソザイム:I>II、III・IV・Vは少ない)
│└トロポニンT<全含有量の6%>
└筋原線維
 ├アクチン細線維(thin filament)
 │├重合したアクチン分子[→線維の本幹]
 │└トロポニン複合体[→本幹にまとわりつく細い線維]
 │ ├トロポミオシン繊維[→トロポニンをつなぎとめている線維]
 │ └トロポニン(サブユニット:トロポニンT<全含有量の94%>、トロポニンI、トロポニンC)
 │       [→ミオシンとの相互作用によるCaを介した収縮制御蛋白]
 └ミオシン細線維(thick filament)
  └重合したミオシン分子ダイマー[→精子が2匹絡み合ったような分子]
   ├ミオシン重鎖[→精子のしっぽ、頭にあたるミオシン軽鎖とは非共有結合している]
   └ミオシン軽鎖(サブユニット:ミオシン軽鎖I、ミオシン軽鎖II)
          [→アクチン細線維との相互作用によるATPを介した収縮制御蛋白]

参考資料 B)臓器特異性

心筋 骨格筋
CPK-MB 78U/g 20U/g未満
心室筋ミオシン軽鎖I 全てに存在 赤筋に存在(白筋には別タイプのミオシン軽鎖Iがある)
心筋トロポニンT 全てに存在 なし(別タイプのトロポニンTがある)

参考資料 C)急性心筋梗塞後の臨床検査値の推移


【参考文献】
[1]
林 康之、他:正常値ガイドブック―その臨床応用―(第1版)、宇宙堂八木書店、1986.
[2]
五味邦英、他:クレアチンキナーゼ、臨床病理臨時増刊特集第55号、p80-100、1983年
[3]
永井良三、他:血中ミオシン軽鎖の測定と臨床検査への応用、臨床病理第37巻12号、p1353-1359、1989.
[4]
永井良三、他:ミオシン軽鎖、臨床病理第39巻11号、p1161-1165、1991.
[5]
Katus HA, et al.:Dignostic Efficiency of Troponin T Measurements in Myocardial Infarction.、Circulation 83、p901-912、1991.
[6]
永井良三:内科医として知っておくべき新しい検査 2.循環器疾患、日本内科学会雑誌第82巻4号、p31-35、1993.
[7]
宇治義則、他:心筋梗塞における血清トロポニンT測定の基礎的検討、臨床病理第40巻7号、p775-782、1992.
[8]
河合忠:画期的心筋マーカー トロポニンT、臨床病理第41巻補冊、p412、1993.

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