JACLaP WIRE No.6 1998.12.14 



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          JACLaP WIRE No.6 1998年12月14日
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│本メールは日本臨床検査医会の発行する電子メール新聞です。なるべく等|
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============================≪ 目 次 ≫============================

[お知らせ]◆日本臨床病理学会が臨床検査Q&A;を認定更新要件として承認
[お知らせ]◆平成10年度第3回常任幹事・全国幹事会議事録

[ニュース]◆第36回大韓臨床病理学会に出席して
[ニュース]◆韓国臨床病理医の現状と問題点
      −DRGの試行で臨床病理医の人員削減始まる−
[ニュース]◆WASPの登録要領決まる
[ニュース]◆本会会員がベクトル心電図のマルチメディア教科書を試作
[ニュース]◆世界的な糖尿病患者の増加
      〈WHOトピックス Press Sept. 1998 WHO-101〉

[特別寄稿]◆感染症のピットフォール(連載第1回)

[新規収載]◆HCVコア蛋白質測定
[新規収載]◆抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体(MPO-ANCA)
[新規収載]◆抗酸菌分離培養検査
[新規収載]◆抗酸菌薬剤感受性検査

[Q&A] ◆PTHの各種測定法
[Q&A] ◆血便患者のKlebsiella oxytoca
[Q&A] ◆血液透析患者におけるASTやALTの低値
[Q&A] ◆抗TPO抗体、サイログロブリン抗体の基準値と治療上の意義
[Q&A] ◆凝固検査に用いる抗凝固剤の種類

[訃報]  ◆日大の中野栄二先生、ご逝去

[編集後記]◆最強の日本企業
 
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[お知らせ]◆日本臨床病理学会が臨床検査Q&A;を認定更新要件として承認
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 本会ホームページで運用中の臨床検査Q&A;は、これまで回答の作成につき多く
の会員のご協力をいただいてきましたが、この度その活動が臨床検査医の認定
更新要件として正式に認められることになりました。これは、先日高知で開催
された日本臨床病理学会 教育委員会(委員長:熊坂一成先生)においてご承認
いただいたものです。

 認定の更新は点数制となっており、Q&A;の回答は、単位に含めることが望まし
いとされている日常業務の報告書のひとつとして、通常のコンサルテーション
記録と同様に20編で10点と計算されます。今後更新手続きをされる際には
、Q&A;の回答も忘れずに計算に含めて申請してくださるようお願いします。

 なお、これまでに回答作成にご協力いただいた先生方は下記の通りです。こ
の場をお借りして改めて厚くお礼を申し上げます。(ホームページに掲載され
なかった質疑応答や会員以外の協力者も含め、順不同、敬称略)

〆谷直人、安藤泰彦、伊藤喜久、伊藤機一、伊藤忠一、鵜澤龍一、永泉圭子、
岡田 淳、河合 誠、河合 忠、河西浩一、丸山征郎、吉村 學、玉井誠一、
熊坂一成、古田 格、戸谷誠之、高橋正宜、高木 康、腰原公人、佐守友博、
三宅一徳、山口一郎、山田俊幸、市原清志、小島洋子、松田重三、松野一彦、
松野容子、新谷和夫、森三樹雄、須賀龍治、須藤加代子、菅野治重、西園寺克、
西堀眞弘、石井周一、石原明徳、川合陽子、前川真人、村上純子、大谷英樹、
大庭雄三、池田 斉、竹中 克、竹中道子、中井利昭、中村良子、猪狩 淳、
田部陽子、土屋達行、藤田直久、内村英正、布施川久恵、福江英尚、福武勝幸、
平松啓一、保崎清人、北村 聖、堀岡 理、木村 聡、野崎 司、舩渡忠男

                           (以上63名)
[日本臨床病理学会教育委員 西堀眞弘]
 
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[お知らせ]◆平成10年度第3回常任幹事・全国幹事会議事録
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日時:平成10年11月10日(火)
   ・常任幹事会10:00〜11:00
   ・全国幹事会11:00〜12:00
場所:高知会館2F
議題:
1.報告
・会計
 1)平成9年度会計報告がなされ、承認された。
 2)平成10年度会計中間報告(10/31現在)がなされ、承認された。
・各種委員会
 1)情報・出版委員会
  ・会誌、会報の発行状況と平成11年度の発行予定が報告され、承認された
   。
  ・インターネットのホームページによる情報発信について報告がなされた
   。
  ・検査医会の専用サーバーの設置とホームページのレイアウトの外部委託
   について審議がなされ、年間30万円程度の維持費と15万円の作製費が承
   認された。
  ・臨床検査Q&Aの書籍化について、著作権、収益の分配などの問題も含め
   、1月の幹事会に原案を提出することになった。
  (現行のホームページの執筆に関しては、執筆者には図書券などを配布す
   るなどの配慮が必要か)
  ・企業からの電子メール新聞の定期購読希望について審議され、ネットワ
   ーク会員などの名称で、一般情報だけを配信するなら、会員を増やす目
   的でも有効との意見が多く、年会費を含めた詳細を検討することとなっ
   た。
 2)教育・研修委員会
  ・教育セミナー、GLMワークショツプ開催について報告された。
 3)資格審査委員会
  ・前回の審議事項について報告どおりに承認された。
 4)渉外委員会
  ・振興会セミナーの開催と来年の予定について報告され、承認された。
 5)第17回検査医会総会
   河合忠先生(国際臨床病理センター)による特別講演「IS0/TC212活動
   の現状」が行われる旨、報告があった。
2.審議事項
 1)平成11年度予算案について審議され、承認された。
3.その他
 1)名誉会員について、会費を合めた案が1月の幹事会で提案されることにな
  った。
 2)一般患者向けのパンフレット「臨床検査が分かるページ」を作製し、病院
  の待合い室などに配布する案が提出され、大手臨床検査センターの支援も
  含めた検討案が1月の幹事会に提出されることになった。

[庶務・会計幹事 高木 康]
 
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[ニュース]◆第36回大韓臨床病理学会に出席して
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 1998年10月18日〜20日にかけて第36回大韓臨床病理学会(The Korean Societ
y of Clinical Pathologists)が韓国の天安市(チョナン市)で行われた。日本か
ら櫻林 郁之介教授と私が出席し、それぞれ日本臨床病理学会とWASPを代表
してスピーチを行なった。会場はソウルの南100kmにあるChonan Sangnok Hote
lというリゾートホテルで行われた。この地で行われた理由は、会場費やホテル
代がソウルに比べ半分から3分の1と安いためとのことであった。

 大韓臨床病理学会は、臨床病理医だけの会で会員数は約600名(認定医が400名
、200名が研修医)で、その他、協賛会員が30名位いるとのことである。本会議
は春と秋の年2回行なわれ、春は主に教育を主体とした会議で1日間で行なう。
秋は3日間かけた研究発表会で、本年は口演82題、ポスター発表270演題の合計
352演題と盛会であった。主として大学病院からの研究発表が多く、一つの大学
から10〜30演題と多数出されているのが特徴的である。機器・試薬の展示は21
社で小規模にまとまっていた。

[獨協医大越谷病院 森三樹雄]
 
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[ニュース]◆韓国臨床病理医の現状と問題点
      −DRGの試行で臨床病理医の人員削減始まる−
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 韓国には医学部または医科大学が約41校(このうち新設7校は卒業生がまだで
ていない)あり、そのうち15校がソウルに集中している。全ての大学に臨床病理
学講座がある。韓国の専門医制度は1963年にスタートし、現在400名が認定医と
なっている。今年の認定医試験には40名が受験し、38名が合格した。専門医は
インターン1年と4年間の研修後に受験することができる。臨床病理医の資格を
持っていないと大学病院では働けない。200床以上の病院(韓国全土で300〜400
位)では病理医と臨床病理医が常勤していることが義務づけられている。臨床病
理医数の比率は大学病院で約30%、一般病院で70%になっている。

 1997年2月より5疾患(扁桃切除術、虫垂切除術、正常分娩、帝王切開、白内障
手術)についてDRGが試行され、この制度に参加を希望した約50病院が実施し
ているが、病院の収入は減少傾向にある。このため一般病院で臨床病理医や病
理医の人員を減らされる傾向になっている。また検査センターについては医師
がオーナーでなければならない規則になっているが、検査センターにおいても
臨床病理医のポストは全て埋まっている。現在の韓国の臨床病理医が直面して
いる問題点をまとめてみると、1)毎年新しく誕生する臨床病理医40〜50名の就
職先がなかなか見つからない。2)会員数は3万人の技師会に押され気味である
。3)技師側では技師長が検査部室長になれるよう、また開業できるように政府
に圧力をかけている(技師の開業ついては、大韓臨床病理学会が裁判をして、技
師は開業できないという判決が出た)。4)韓国医師会は政治力がなく、臨床病
理医を支えてくれない。5)DRGについても今後より一層進むなどのことを懸
念している。

[1998年10月29日 獨協医大越谷病院 森三樹雄]
 
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[ニュース]◆WASPの登録要領決まる
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 ブラジルのサンパウロで1999年9月17日〜21日に開催される第20回世界病理学
・臨床検査医学会議の登録要領が下記のように決まった。また演題発表は来年
7/31まで受け付ける。

          12/31まで 来年7/31まで  当日
 一般登録       300$    325$   350$
 学生         100$    125$   150$
 ワークショップ(各)  40$     40$    50$
 1日登録        60$     80$   100$
 同伴者登録      160$    180$   200$
 お別れパーティー    70$     75$    80$

 なお、詳細は登録フォームを含めてWASPのホームページ(http://www.wasp.
or.jp/)に掲載されているので、ご参照のうえお早めにご登録いただきたい。

[WASP事務総長 森三樹雄]
 
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[ニュース]◆本会会員がベクトル心電図のマルチメディア教科書を試作
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 この程昭和大学のグループがインターネット版の動く教科書「一歩一歩学ぶ
心電図」を試作し、下記アドレスで公開した。

  http://www4.showa-u.ac.jp/~shibuya/ECG/INDEX.HTM

 心電図の原理,病態による変化を効率よく教授することは、医学教育上の必
須事項であるが、中でも「ベクトル心電図」の概念は、教科書だけでは難解に
なりがちで頭の痛い問題である。そこで今回同グループは、学生側の意見もと
りあげ、動画を使った立体的アニメーションのホームページを試作した。まだ
試作途上であるが、行く行くは細胞レベルの電気信号から各誘導のシグナルを
一つの筋書きで説明することを狙っている。

 出典を明らかにし、予め了解を得れば、教育目的の利用は自由である。同グ
ループは試作品に関する意見が寄せられることを期待している。

[昭和大学 木村 聡(「一歩一歩学ぶ心電図」試作グループ)]

(JACLaP WIRE編集室では、会員による研究教育活動の記事を募集しております
。該当される方は [email protected] まで情報をお寄せ下さるようお願いいたし
ます)
 
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[ニュース]◆世界的な糖尿病患者の増加
      〈WHOトピックス Press Sept. 1998 WHO-101〉
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 発展途上国では2050年に糖尿病患者の数が8400万人から2億2800万人と170%
増加する。全世界では1億3500万人から3億人と122%の増加となる。この原因は
、地球規模での人口の高齢化、肥満、不適切な食事、非活動的な生活習慣によ
る。1995年と2025年について糖尿病患者の増加を国別に比較すると、インド(1
900万人から5700万人)、中国(1600万人から3800万人)、アメリカ合衆国(1400万
人から2200万人)、パキスタン(400万人から1500万人)、インドネシア(500万人
から1200万人)、ロシア(900万人から1200万人)、メキシコ(400万人から1200万
人)、ブラジル(500万人から1100万人)、日本(600万人から900万人)である。19
95年の統計では、女性の糖尿病患者が7300万人と6200万人の男性に比べて多い
。現在の傾向が続くと、2025年には糖尿病の大半の患者は、先進国では65才以
上であるのに対し、発展途上国では45〜64才と働きざかりの年代が罹患するこ
とが問題になっている。

[ホームページ/世界の保健医療ニュース]
 
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[特別寄稿]◆感染症のピットフォール(連載第1回)
                  佐賀医科大学検査部 田島 裕
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 この文章は、当初は「院内感染対策用のマニュアル」として執筆されたが、
話題を「院内感染」に限定することなく、広く感染症の分野で「ピットフォー
ル」となっていると思われる事項について問題を提起し、若干の解説を試みる
ことにした。それは、このような基本となる事項に対する誤解や無理解が「落
とし穴」となり、巡り巡って院内感染の遠因となっていると信ずるからである
。


1.「ブレークポイント」とは何か?

 今、培地の中で菌が培養されている状況を考えてみよう。この中に抗菌薬を
多量に入れれば菌は直ちに死滅するが、不足すれば菌は生き延びてしまう。こ
こで、1方では薬剤の濃度を徐々に下げ、もう1方の場合には、徐々に上げて
いったと考えよう。すると、どこかで菌の増殖と薬物の抗菌効果とが釣り合う
点、即ち「これ以上菌を増やさない最小量の薬物濃度」というものが定まるは
ずである。in vitro での、この値のことを「最小増殖阻止濃度(=MIC, m
inimum inhibitory concentration)」と呼び、臨床検査としても広く活用され
ている。
 この考え方を in vivo (臨床)に当てはめてみると、以下のようになると思
われる。即ち、抗菌薬を多量に用いれば、菌が直ちに死滅して速やかに感染症
は治癒するであろうが、費用と副作用の面で問題が生ずる。しかし、有効濃度
以下の薬剤では、何らメリットは得られまい。すると、どこかで「効率良く感
染症を治せる点」というものがあるはずであり、この値のことを「(臨床的な
)ブレークポイント」と呼んでいる。即ち、菌のMICがこの値を下回らない
と治癒の可能性は低くなると考えられ、薬剤感受性試験の報告書には、しばし
ば「S(=感受性)」・「R=(耐性)」などと表示してあるが、この判定を
下す際のカットオフ値としても、実際に用いられている [1]。但し、この「(
臨床的な)ブレークポイント」は、後に述べるように「(疫学的な)ブレーク
ポイント」と区別して用いなくてはならない。

2.「ブレークポイント」が登場してきた背景と問題点とは何か?

 これは、1つにはMICが正確に測定できるようになってきたためであり、
「治療の成否を事前に予測できる目安が欲しい」という臨床家の要請に応える
形で登場したものである。但し、これには幾つかの問題点が無くはない(以下
に列挙する) [2]。

・国内では、(コストが安いため)MICを測定するのに「ディスク法」を採
用している施設が極めて多いが、阻止円の直径が僅か 5mm 狂うと、MICは2
倍以上値がずれてしまうのである。従って、「ディスク法」では、半径にして
 3mm 以下の精度を実現しなければならず、精度管理上の大きな難点を抱えてい
るばかりか、施設間でデーターの互換性がない原因の最たるものともなってい
る。阻止円の直径を「目視」で測定している施設もあるというが、誠に憂慮す
べきことである。
・ディスクの製造メーカーは、こうした誤差を回避するべく「標準操作法」な
るマニュアルを発行して、ユーザーがこれに従うように求めているが、殆どの
施設では「我流・自己流」で検査を行っている。要するに、多くの臨床家は、
報告書に書かれてある数値が「信頼に足るものかどうか」ということすら、知
らないでいるのである。
・「微量液体希釈法の測定精度は、ディスク法より優れている」とされている
が、この方法にも欠点がない訳ではない。即ち、菌が増殖している培地の成分
が、実際に炎症が起こっている体内でのものと著しく異なっているために(注
1)、たとえ精度よくMICを求めてみた所で、in vitro での成績を(相関性
はあるだろうが)「鵜呑み」にはできないのである。
・そこで、実際にヒトの血清を用いてMICを測定し直してみると、値が2管
(濃度で4倍)以上ずれる薬物が決して少なくないことが判った。従って、患
者の体内での薬物濃度をMICに合わせたとしても、菌が試験管内と同様に死
滅するという保証は全くないことになる。加えて、MICに劣らず重要なファ
クターである薬物固有の性質や体内動態などは、MICには少しも反映されて
いない。従って、検査値をそのまま「鵜呑み」にするのではなく、その意味す
る所を「解釈する」というプロセスが、実際の診療には必須となる。全ての培
地をヒトの血清に置き換えたり、臨床分離株を全て動物に接種して in vivo で
の治癒の見込みを調べたりすることは、現実的な対応とは言えまい。「ブレー
クポイント」が登場した2番目の理由は、「この点を解決するため」という意
味もあるのではないかと考える。
・ところが、この「ブレークポイント」というのは、まだ「発展途上的な要素
」が強く、見解が異なる複数のグループが似たような数値を独立に提案してお
り、若干の混乱を招いている(次項で述べる)。

<注1> 一晩たって、肉眼で菌の発育を確認できるほど菌を早く発育させる
必要があるためである。蛋白濃度・イオン強度・糖やアミノ酸の濃度など、ど
れ1つとってみても、ヒトの血漿やリンパ液などとは組成が大きくかけ離れて
いる。


3.「NCCLSの意味する所」とは何か?

 薬剤感受性試験の報告書には、しばしば「S」・「R」などと表示してある
ことは既に述べた。このカットオフ値は、「NCCLS(=米国の検査協会の
1部門)」のブレークポイントに従っている場合が多いが、その意味する所は
殆ど知られていない。NCCLSのブレークポイントは、「その菌が治療上問
題になるような薬剤耐性メカニズムを持つかどうか」という点を判定するのが
主な目的であり、ある菌がある薬剤に対して「S(=感受性)」と判定されて
も(恐らくは、それを使っても治るだろうが)、必ずしも「その薬を使え(=
好ましい)」という意味ではないとのことである。要するに、「その菌は、ど
こかに弱点がある(=よく探せば、どれか適した薬があるハズである)」とい
うこと以外の何物でもない。
 従って、NCCLSのブレークポイントを活用するのであれば、やみくもに
全ての薬剤のMICを総当たり的に求める必要はなく、薬効的にほぼ同様な特
徴を示す薬剤の中から1つ代表を選んでMICを求めればよい。そうすること
によって、菌の耐性メカニズムを類推し、より効果的かつ科学的な治療に結び
つけようという方策が生まれる。このような考え方を「クラス代表制」と呼ん
でいるが、日本では、残念ながら殆ど定着していない。この最大の原因は、「
製薬メーカーの営業活動」のためであろう(注2)。
 以上の点は、NCCLSのメンバーの1人に直接インタビューして確認した
もので、その際の質疑応答の要旨を【資料1】に示す。即ち、値そのものは、
「NCCLS」のものと「日本化療学会」のものとで相互によく似た値が提唱
されているが、後者では、「治療の成否が予測できる」という観点からブレー
クポイントを設定しているのに対して、前者は「その目的には使えない」と言
うのである。こうした事情を熟知していない医師の中には、「S」=「効果あ
り(=治る)」と短絡的に考えて、そのまま行動に移る人物が少なからず存在
するであろうし、彼らの内の何人かは、実際に大きな過ちを犯しているのでは
ないかと考える。


<注2> 保健診療上は、抗菌薬を使用する条件の1つとして「感受性の有無
を確認すること」が義務づけられているが、対抗メーカーの商品がMICを測
定しているのに、自社の商品が測られていないとなると、彼らにとっては「大
きな問題」になるらしい。彼らに「クラス代表制」の話をすると、大いに納得
して一旦は引き下がるが、その後数日すると、臨床サイドから「診療に差し支
えるので、どうしてもこのクスリのMICを測定して欲しい」という圧力が検
査室に加わる。実に、不思議な現象である。


【資料1】NCCLSのメンバーであるサーム助教授との「Q & A」の要旨

Q1 日本では、NCCLSのブレークポイントを薬剤感受性の判定値に採用
している施設がかなりあるが、どうやって値を決めたのか? 英国化学療法学
会や日本化学療法学会でも、似たようなブレークポイントを発表しているが、
彼らは公式を提示しており、誰でも計算で求めることができる。一方、NCC
LSでは、算出根拠を明示していないので、後から類似の薬物の値を定めるこ
とができないで困っている。

A1 公式はない。この値は、基礎医学・臨床医学・疫学・薬学などの各界の
代表者が集まって、話し合いで決めた(合議制)。この中で、最も影響力があ
るファクターは、臨床の結果である。こういった値を計算式で導こうとすると
、(A3で述べるように)半減期や血中濃度などの薬理学的な因子に加えて、
極めて多くの因子を考慮しなければならず(例えば、患者の基礎疾患や免疫力
)、試みは失敗に終わるのではないか?

Q2 NCCLSのブレークポイントは、漠然とした1つの判定値しか用意し
ていないが、いったいどこの部位で起きている炎症を想定しているのか? 例
えば、日本化学療法学会では「呼吸器感染」などというように、具体的にター
ゲットを絞って値を示している。

A2 他国の事情はよく知らないが、我々(NCCLS)のブレークポイント
は、これで治療の成否を予測するために設定されたものではない。「その菌が
治療上問題になるような薬剤耐性メカニズムを持つかどうか」という点を判定
するのが主な目的であり、ある菌がある薬剤に対して「感受性」と判定されて
も、必ずしも「その薬を使え」という意味ではない。恐らくはそれを使っても
治るだろうが、そこから先は(つまり、どんな薬をどれだけ使うかということ
)、諸事情を汲んで主治医が自ら考えて決めてもらいたい。

Q3 本来「ブレークポイント」とは、感染症の部位別・起炎菌別・薬剤別・
投与量別に、それぞれ値を定めるべきではないのか?

A3 本来はそうである。我々も、当初はそうしたかった。しかし、非常に多
くのファクターがあって、これらを全て反映させることは不可能である。その
ため、「A2」に示したようなスタンスを採ることにしたのである。

Q4 日本化学療法学会などでは、「Q2」で述べたように、「治療の成否が
予測できる」という観点からブレークポイントを設定している。一方、NCC
LSのスタンスは、「A2・A3」で理解できた。そうなると、両者のモノの
考え方には(たとえ、同じ数値が示されていたとしても)根本的な食い違いが
あることになるが、多くの日本人は、この点を認識していない。にも拘らず、
日本では盲目的にNCCLSの基準に従う人が多く、彼らの中の何人かは、大
きな誤りを犯しているのではないかと考える。今までに、誰か日本人医師や検
査技師に会って、この違いをアナウンスしたことはあるか? また、こうした
NCCLSのスタンスは、マニュアルに明記されているか?

A4 何人か(数えるほど)の日本人医師に会って話したことはあるが、よく
「A2」を理解して欲しい。マニュアルには、(こうした「ホンネ」に近いこ
とは)書かれていない。


【参考文献】

 1. ビジュアル抗菌薬治療マニュアル(第2版, 清水 喜八郎 編), 日本臨床
, 東京, pp.286-293, 1995

 2. 田島 裕:なぜ測るのか? MIC. 臨床病理 42, 1215-1226, 1994

(編集部より:この記事に関するご意見は電子メールでアドレス
 [email protected] までお寄せ下さい。必ず著者にお届けします。)
 
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[新規収載]◆HCVコア蛋白質測定
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HCVコア蛋白質測定(準用先区分D013-7)(区分D-1)
平成10年10月1日より適用の肝炎ウイルス関連検査
保険点数:210点
基準範囲:8pg/mL未満
直線性:0〜2,500pg/mL
製品名:イムチェック・F−HCV Agコア「コクサイ」
製造発売元:国際試薬(株) TEL 078-231-4151
測定法:EIA法  80テスト(F300用)、160テスト(F750用)/キット(シングル測定
)
結果が出るまでの時間:3時間  自動化:検体の前処理後の試料は可
同時再現性:3.97〜9.87% 日差再現性:3.82〜7.94%
検体:血清
【特徴】 酵素免疫測定法(EIA法)の原理による。チューブに感作した抗HCV
コア蛋白質モノクローナル(マウス)抗体に前処理をおこなった処理済血清を反
応させる。同様に反応を行い作成した検量線より、検体のHCVコア蛋白質量を求
める。
 C型肝炎はC型肝炎ウイルス(HCV)により引き起こされる疾患で、慢性化しやす
く、肝硬変、肝癌へ移行する確率が高い。1989年に米国カイロン社のHoughton
博士らにより、cDNAのクローニングが成功し、その後、HCV抗体測定用ELAISAキ
ットが開発され、C型肝炎の診断に用いられている。その後、C型肝炎ウイルス
の治療法として、インターフェロン療法が普及し、その有効性が認められてい
るが、投与方法およびウイルス量、サブタイプなどにより、治療成績が影響を
受ける。現在、ウイルス量を測定する方法としてRT−PCR法や、DNAプローブ法
によりウイルス遺伝子を定量する方法が用いられている。
 本キットはHCVから構造蛋白であるコア蛋白を抽出し、保存性の高いコア蛋白
質のN末端の領域を認識するモノクローナル抗体を用いているため、サブタイプ
間による測定値に差がない。またHCVコア蛋白を定量できるので、測定結果はH
CVウイルス量を反映している。本キットはHCVのスクリーニング検査、インター
フェロン療法、経過観察、治癒効果の判定に有用である。本キットにおける有
病正診率は無症候性キャリア85.7%(6/7例)、慢性肝炎72.4%(511/706例)、肝硬
変81.3%(78/96例)、肝細胞癌65.1%(54/83例)であった。
【保険請求上の注意】 特になし
【文献】  服部 信、他:FEIA法によるC型肝炎ウイルス(HCV)コア蛋白質定量
法の検討−特に臨床的有用性について−.医学と薬学、36:127-133、
1996

[獨協医大越谷病院 森三樹雄]
 
* ========================≪ JACLaP WIRE ≫======================== *

[新規収載]◆抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体(MPO-ANCA)
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平成10年10月1日より適用の自己抗体検査
保険点数:480点
陽性:20EU以上
直線性:1000EU
製品名:ネフロスカラー・MPO-ANC
製造元:(株)ニッショー TEL 06-372-2331
発売元:(株)ニプロ TEL 06-373-3155
測定法:ELISA法  44テスト/キット(ダブル測定)
結果がでるまでの時間:3時間30分  自動化:可
同時再現性:2.61〜6.15% 日差再現性:6.49〜6.67%
検体:血清
【特徴】 マイクロプレートに抗原を固定させたELISA法による。検体をプレー
トに添加して免疫反応を行わせ、その後、酵素標識抗体を加える。反応後、基
質を添加して発色系に導き、吸光度を求める。標準品から標準曲線を作成し、
検体中のMPO-ANCA量を求める。
 半月体形成性腎炎(Crescentic glomerulonephritis:CrGN)及び巣状性壊死
性腎炎(Focal necrotizing glomerulonephritis:FNGN)は、急速進行性腎炎
(Rapidly progressive glomerulonephritis ; RPGN)と呼ばれ、発症初期より
急速に腎機能低下をきたし、数週間から数ヶ月の間に末期腎不全となり、予後
が悪い。そのためできるだけ早く診断し、免疫抑制療法などを開始することが
必須となる。CrGNとFNGNの診断は、主要症状と生検材料の組織所見によって行
われている。抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体(MPO-ANCA)は1982年
にオーストラリアのDaviesらによりFNGN患者血清中で高頻度(77.1%)に出現す
ることが報告された。その後CrGNでも高頻度に出現することが確認された。血
清中のMPO-ANCAを測定してCrGNとFNGNの有病正診率を求めると、それぞれ87.5
%、81.8%と高頻度であった。他の腎炎では殆どの症例は陰性であるが、関節リ
ウマチでは5.8%(4/68例)が陽性となった。
 MPO-ANCAがカットオフ値20EU以上であれば陽性と判定し、CrGNとFNGNの診断
に対して重要な意味を持つ。限局性病変の症例も含めた少数例は陰性となる。
MPO-ANCA測定は、組織所見の補強として確定診断あるいは鑑別診断の手段とし
て有用であり、日常診療上再生検が不可能なMPO-ANCA陽性CrGN, FNGN患者にお
いて、経過、治療効果の判定、疾患活動性の評価に有用である。
【保険請求上の注意】 抗好中球細胞質ミエロペルオキシターゼ抗体(MPO-ANC
A)は急速進行性系糸球体腎炎の診断または経過観察のために測定した場合にお
いて、区分「D014」自己抗体検査「18」に準じて算定する。
【文献】 長澤 俊彦、他:ニッショー社製ELISAキットによるMPO-ANCAの基礎
的・臨床的検討.  臨床検査機器・試薬、18:127-135、1995

[獨協医大越谷病院 森三樹雄]
  
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[新規収載]◆抗酸菌分離培養検査(準用先区分D020)(区分D−2)
      ◆抗酸菌薬剤感受性検査(準用先区分D022-1、D022-2)(区分D−
       2)
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平成10年11月1日より適用の抗酸菌分離培養検査・抗酸菌薬剤感受性検査
保険点数:抗酸菌分離培養検査 190点
     抗酸菌薬剤感受性検査 270点(3薬剤以下)、360点(4薬剤以上)
製品名:BBLMGIT抗酸菌システム
製造元:Becton Dickinson Microbiology Systems, Cockeysville, Maryland,
U.S.A.
発売元:日本ベクトン・ディッキンソン(株) TEL 03-5413-8171
測定法:酸素感受性蛍光センサーによる分離培養、検出法
 分離培養試験:25テスト/キット(シングル測定)
 薬剤感受性試験:5〜6テスト/キット(シングル測定)
結果がでるまでの時間:分離培養試験:9〜28日、薬剤感受性試験:5〜7日
自動化:可
検体:喀痰、気管支洗浄液、胃液、脊髄液、胸水
【特徴】 試験管培地の底に酸素感受性蛍光センサーが含まれていて、臨床検
体接種後抗酸菌の発育とともに酸素が消費されることにより蛍光が観察され、
抗酸菌の有無を確認できる。また本品に感受性検査剤と被検菌を添加し培養す
ると、被検菌が薬剤に対して感受性か耐性かを判定できる。
 抗酸菌(結核菌、非結核性抗酸菌)の分離培養検査および薬剤感受性検査は、
従来からの小川法が主流であるが、時間が4週間〜8週間かかるのと、検出率の
低さに問題があった。本キット(MGIT法)は試験管培地の底にある酸素感受性蛍
光センサーにより検査材料中の抗酸菌が消費する酸素を蛍光で検出することに
よる抗酸菌分離培養検出法および抗酸菌薬剤感受性検査法である。
 MGIT法と小川法の検出率を比較すると、塗抹検査陽性の結核菌群ではそれぞ
れ100%と88.5%、塗抹検査陰性の結核菌群では100%と37.8%、塗抹検査陽性
の非結核性抗酸菌高値の陽性率は100%、82.8%、塗抹検査陰性の非結核性抗酸
菌では96.6%と31.0%とMGIT法における検出率は有意に高値を示した。MGIT法
における塗抹検査陰性検体の検出率は特に良好であった。
 MGIT法と小川法の抗酸菌の平均検出日数を比較すると、塗抹検査陽性結核菌
群ではそれぞれ16.5日と29.9日、塗抹検査陰性検体では28.0日と48.5日、塗抹
検査陽性の非結核性抗酸菌では9.0日と26.8日、塗抹検査陰性の非結核性抗酸菌
では12.9日と41.2日とMGIT法が短期間で検出できた。また、薬剤感受性検査の
結果が得られる日数でもMGIT法と小川法ではそれぞれ、5.9日と35日とMGIT法で
は小川法に比べ29日間の検出期間の短縮が見られた。
 薬剤感受性試験におけるMGIT法と小川法の一致率は93〜98%で良好であった
。有病正診率と無病正診率について、MGIT法と小川法はそれぞれ99.7%と75.8
%、98.5%と98.2%になりMGIT法での有病正診率は良好な結果を示した。
【保険請求上の注意】 特になし
【文献】 斉藤肇,  他:MGIT(Mycobacteria Growth Indicator Tube)の評価に
関する10施設での共同研究.臨床と微生物、24(6):897 〜 903、1997

[獨協医大越谷病院 森三樹雄]
 
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[Q&A] ◆PTHの各種測定法
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(Q)PTHの各種測定法の違いを教えて下さい。

(A)PTHは副甲状腺から分泌された後、末梢組織でC末端フラグメントとN末端
フラグメントに分解されます。生物学的活性があるのはPTHおよびN末端フラグ
メントですが、これらは血中半減期が数分と短いのに対し、C末端フラグメント
は45〜90分と比較的長くなっています。PTHの測定法はこれらの分子のどれ
を検出しているかによって分けられます。

(1)インタクトPTH(PTH全体を検出)
(2)PTH-M(PTHの中間部即ちPTH全体+C末端フラグメント+中間部断片を検
   出)
(3)PTH-C(C末端即ちPTH全体+C末端フラグメントを検出)
(4)PTH-N(N末端即ちPTH全体+N末端フラグメントを検出)

 それぞれ検出対象となる分子の生物学的活性と半減期の違いにより、測定目
的に合った方法が選ばれることになります。ただし、おおまかに言って数字の
若い測定法ほどより精度がよく、実際には(1)のインタクトPTHがよく使われ
ています。ただしインタクトPTHは不安定なためにすぐに分解されてしまうので
、採血後直ちに冷却遠心してEDTA血漿を分離・凍結するなどの注意が不可欠で
す。

回答日:1998年10月19日
回答者:認定臨床検査医 西堀眞弘(No.269)

[ホームページ/臨床検査Q&A;(生化学検査)]
 
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[Q&A] ◆血便患者のKlebsiella oxytoca
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(Q)血便の患者の糞便培養でKlebsiella oxytoca が純培養状に検出されまし
たが、病原細菌と考えて良いでしょうか。(臨床検査技師)

(A)ご質問のような症例は小児によくみられ、ペニシリン系の経口剤を服用し
たあと出血性下痢になり、K.oxytocaが検出されるというのが典型的な経過です
。ただし、いくら調べてもK.oxytocaにそのような症状を引き起こす病原性はみ
つからないので、今のところ起炎菌とは考えにくいと思います。恐らく別の病
原体が隠れているか、あるいは抗生物質が何らかの副作用を及ぼしているので
はないかという可能性が疑われています。K.oxytocaはたまたまペニシリン系に
耐性なので、細菌叢のなかで優勢になったに過ぎないと考えられていますが、
将来新たな病原因子が発見される可能性は残っています。
 したがって、現時点ではK.oxytocaが検出されても、腸管感染症の病原細菌と
して扱うことはありません。

回答日:1998年10月19日
回答者:認定臨床検査医 菅野治重(No.317)

[ホームページ/臨床検査Q&A;(微生物検査)]
 
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[Q&A] ◆血液透析患者におけるASTやALTの低値
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(Q)血液透析患者でASTやALTが著しく低い値になるのはなぜでしょうか。(愛
知県 臨床検査技師)

(A)日常検査で観察されるAST、ALTの低活性例の多くが血液透析患者であり、
特にALTについては測定不能なほど低活性の症例をしばしば経験します。また、
保存期慢性腎不全患者でも腎不全の進行に伴ってAST、ALTの低下傾向がしばし
ば認められます。その成因については多くの検討がなされていますが、相矛盾
する報告も多く、症例により複数の機序が関与している可能性が考えられます
。
 これまで報告されている低トランスアミナーゼ血症の成因は、大別すると以
下の2つになります。

(1) ビタミンB6欠乏
 AST、ALTは補酵素としてビタミン(V.)B6の誘導体であるピリドキサルリン酸
(PLP)を必要とし、健康人血清中にもPLPが結合し酵素活性を有するホロ酵素と
、PLPが結合せず活性を示さないアポ酵素とが存在します。PLPと両酵素の結合
は比較的強く、一度ホロ化した酵素は容易にはアポ化しにくいため、血清中に
存在するアポ酵素の由来は細胞内で合成された酵素蛋白がPLPを結合する前に逸
脱してきたものと推定されています。
 補充療法を受けない血液透析患者ではV.B6はもっとも欠乏しやすいビタミン
であり、その頻度も高い(1/3〜半数以上)とされます。PLPは血中ではアルブミ
ンと結合しているため、V.B6欠乏の原因は透析による除去よりも摂取・吸収不
良とされています。(近年一般的になっているハイパフォーマンス膜では欠乏
がおこりやすいという報告があります。)
 V.B6欠乏によって細胞内PLP濃度が低下すると、血中のホロ酵素が減少し、ア
ポ酵素が相対的に増加します。我が国では血清トランスアミナーゼ測定にPLPを
添加しない測定系(JSCC準拠法)が一般的ですので、PLPを添加してアポ酵素を活
性化する測定系(IFCC準拠法)に比して、V.B6欠乏時は測定値が低値となります
。
(アポ酵素は不安定なため、IFCC準拠系でもアポ酵素増加時には測定値が低下
するとする研究者もいます。)

(2) 腎不全物質による酵素活性の阻害
 V.B6は容易に補充可能なビタミンであり、透析患者でも臨床症状としてV.B6
欠乏を呈する例はまれです。V.B6(PLP)動態の検討で欠乏を認めない患者にも低
値を呈する例が認められる点から、血液透析でも十分除去されない、何らかの
尿毒症物質の存在によって、酵素あるいはPLP代謝に異常が生じ、活性が抑制さ
れるという機序が推定されています。
 具体的な物質の同定やその機序についての検討は少ないのですが、Van Lent
eらは尿素から形成されるシアン酸塩によってアポ酵素のPLP結合部位がカルバ
ミル化されて酵素活性が失われることを、考え得る機序の一つとして上げてい
ます。

 ご質問のようにアポ活性の相対的増加を伴う低トランスアミナーゼ症例では
、まずV.B6欠乏の可能性を鑑別すべき所見と考えます。
 V.B6欠乏以外にアポ型トランスアミナーゼの増加を来す病態として、肝疾患
(特に肝癌)や急性心筋梗塞が報告されています。肝疾患ではピリドキサールキ
ナーゼの活性低下(肝癌ではPLPの異化亢進)が、後者ではアポ・ホロ型酵素の血
中逸脱時期の差やアイソザイム組成によるPLPとの結合性の差が関与すると考え
られますが、明確な増加機序は不明です。

【参考文献】
[1] Rej R.:Aminotransferase in Disease, Clinics in Laboratory
  Medicine 9:667-687, 1989
[2] 大久保昭行:血清GOT測定とピリドキサルリン酸の効果、ビタミン 54: 51
  1-519,1980
[3] 大久保昭行・亀井幸子:トランスアミナーゼ、血清酵素の異常-病態へのア
  プローチ(医学書院):1-26、1985
[4] Yasuda, K. et al: Hypoaminotransferasemia in Patients Undergoing
  Long-term Hemodialysis: Clinical and Biochemical Appraisal,
  Gastroenterology 109:1295-1300, 1995
[5] Van Lente F. et al: Carbamylation of Apo-Asparateaminotrasferase:
  A Possible Mechanism for Enzyme Inactivation in Uremic Patients,
  Clin Chem 32:2107-2108, 1986

回答日:1998年10月24日
回答者:認定臨床検査医 三宅一徳(No.283)

[ホームページ/臨床検査Q&A;(生化学検査)]
 
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[Q&A] ◆抗TPO抗体、サイログロブリン抗体の基準値と治療上の意義
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(Q)甲状腺自己抗体の抗TPO抗体、サイログロブリン抗体検査について、(1
)測定値は治療により変動するのでしょうか、(2)RIA法とEIA法の基準値が
異なるのはなぜでしょうか。

(A)順に説明します。
(1)抗TPO抗体、抗サイログロブリン抗体検査の治療による変動
 バセドウ病の治療によって、TSHレセプター抗体(TRAb)が減少することは知
られていて、治療効果の判定にも利用されています。一方、抗TPO抗体や抗サイ
ログロブリン抗体については、従来は測定法が凝集を目で見る半定量法だった
ということもあり、小さな変動はとらえにくく、変化がほとんどないというの
が通説でした。しかし、近年のRIAやEIAによる定量法の普及により、わずかな
変化もとらえられるようになった結果、バセドウ病を抗甲状腺薬(メルカゾー
ル)で治療すると、約6ヶ月後に抗TPO抗体は減少し、一方抗サイログロブリン
抗体は変化しないことが報告されています。しかし、病態との因果関係につい
てはまだよく分かっていません。また臨床的な意義についても、今のところTS
Hレセプター抗体のようにはっきりしたものは分かっていません。

【参考文献】
[1] Takamatsu J., et al: Changes in serum autoantibodies to thyroid
  peroxidase during antithyroid drug theraoy for Graves' disease.
  Endocrine J., 37:275-283, 1990.
[2] 高松順太、山野由里子、吉田滋、坂根貞樹.抗サイログロブリン抗体、抗
  甲状腺ペルオキシダーゼ抗体の臨床的意義.NISSUI TECHNOMEDIA 1:
  20-30,1997.

(2)RIAとEIAで基準値が違う理由
 現在、日本で使用されているのは、RIAは大部分がコスミック社の製品、EIA
は日水製薬の製品です。これら両者は開発の経緯が異なるため、標準物質が異
なります。前者は抗体価の高い家兎血清であり、この力価をキットの1単位と
規定しています。後者はWHO標準品に準拠して作製された血清で、WHO標準品と
同じになるよう単位が決められています。これ以外の要因も無視できませんが
、このように両キットのスタンダードが異なるのが基準値の異なる最大の原因
ではないかと思います。
 なお、従来より基準値の統一を求める声は強いのですが、未だに実現してい
ません。

回答日:1998年10月27日
回答者:認定臨床検査医 池田 斉(No.277)

[ホームページ/臨床検査Q&A;(生化学検査)]
 
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[Q&A] ◆凝固検査に用いる抗凝固剤の種類
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(Q)凝固検査の抗凝固剤としてクエン酸ナトリウムが用いられるのはなぜでし
ょうか。またEDTA塩を用いないのはなぜでしょうか。(長野県 臨床検査技師
)

(A)凝固検査における抗凝固剤の目的は、血漿中のカルシウムイオンの濃度を
低下させ、検査実施まで凝固反応が起こらないようにすることにあります。測
定開始時には改めて必要なカルシウムイオンを添加することになります。カル
シウム塩を形成する中性塩のクエン酸塩やシュウ酸塩は、このような測定系に
適しています。以前はシュウ酸塩が用いられていましたが、クエン酸ナトリウ
ムと比較して、時間とともに第V因子や第VIII因子の活性の低下を起こしやすく
、またPTも長めになる傾向があります。一方液状で使いやすいクエン酸ナトリ
ウムは、1953年トロンボプラスチン形成試験の際に使用されたのが世界で最初
です。この時は、血液と等張の3.8%のクエン酸ナトリウム(5水塩)が用いられ
、やがて国際標準化委員会の働きかけで109mM、3.2%クエン酸塩ナトリウム(2
水塩)へと標準化されました。

 血球算定の検査の際に通常用いられるEDTA(ethylene diaminetetraacetic
acid)の場合は、最も代表的なキレート化剤で、カルシウムイオンを中心に最
も安定した5員環を有する錯体を形成します。さらにEDTAはその他の多くの金属
とも安定した錯体を形成するため、カルシウムを含む金属イオンの定量分析に
用いられています(EDTA滴定)。

 ところで、EDTA滴定において金属が水酸化物として沈殿するのを防ぐために
用いる補助錯化剤として、鉄とのキレート作用を持つクエン酸塩が用いられま
す。したがってクエン酸塩の抗凝固活性には、このキレート作用がかかわって
いる可能性もあると思います。

 実際に血球数算定に用いられている1.8mg/ml  EDTAを、凝固学的検査の際に
使用すると、APTT、PTともに、クエン酸よりも少し長めの結果となります。ま
た凝固のポイントは用手法でみる限りでは、分かり難い印象を受けます。そし
て塩化カルシウム濃度を上げると、一層凝固のポイントは分かり難く、時間を
かけてゼリー状に固まります。むしろ通常の2分の1、0.0125Mの塩化カルシウム
の方が、凝固点はわかりやすく、時間も短縮します。ただし、正常検体をバッ
ファーで希釈し、APTTの延長をみていくと、1.2倍程度までの希釈ではAPTT時間
は変化しません。このような結果から、少なくとも血液検査で一般に利用され
ている濃度のEDTAは、凝固検査に適しているとは言えません。それに加えて、
標準血漿や凝固因子欠乏血漿はクエン酸ナトリウムを用いて採血されたもので
すから、 EDTA採血された検体では、各凝固因子の定量測定は不可能となってし
まいます。

 このように、クエン酸ナトリウムは使い易く、既に標準化されていますが、
今のところEDTAについて十分な検討はなく、標準化もされていないので、臨床
検査に用いることはできません。

【参考文献】
[1] F.W. Fifieid and D. Kealey :分析化学 I 、1998、丸善
[2] 黒川一郎 他:臨床検査科学、1983、南山堂
[3] 福武勝博 他:血液凝固 止血と血栓 下巻、1982、宇宙堂八木書店
[4] Biggus. R. and Douglas , A. S.:The thromboplastin generation test
  . 1953、J. Clin. Path. 6: 23-29

回答日:1998年11月8日
回答者:認定臨床検査医 腰原公人(No.338)、福武勝幸(No.255)

[ホームページ/臨床検査Q&A;(血液検査)]
 
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[訃報]  ◆日大の中野栄二先生、ご逝去
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 本会会員の日本大学医学部臨床病理学教室、助教授 中野栄二先生は平成10
年11月26日にご逝去されました。慎んでご冥福をお祈りいたします。

[日本大学医学部臨床病理学 土屋達行]
 
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[編集後記]◆最強の日本企業
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 空前の好景気に沸く米国とは反対に、不況のどん底にあるわが国には夢や希
望のかけらも見当たらず、相変わらず重苦しい雰囲気がただよっています。一
時は世界最強を誇った日本の製造業も今やリストラに継ぐリストラで今やその
面影はなく、それに変わるような新しい産業も思うようには育っていません。
もはや日本には次の世紀を託せるような頼りになる企業は残っていないのでし
ょうか。

 そんな筈はありません。これだけ優秀で勤勉な国民がたくさんいる国は世界
にも数える程しかないのです。実は、わが国のトップメンバーだけが関与して
いる極秘政策により、どんなに経済的に困窮しても国の威信が保てるように、
わが国には世界最強の利潤追求システムを備えた企業が最後の砦として温存さ
れているのです。

 独占的に電気通信事業を営むその会社は、最初国営として設立され、十分に
地力をつけた時点で株式会社として民営化されました。その際政府は株式の売
り出し価格を操作して目一杯釣り上げ、欲に駆られた国民から合法的にお金を
巻き上げるのに貢献しました。

 民営化後もその会社は、独占的立場をフルに活用して暴利を恣にしたことは
言うまでもなく、最初は設備資金を集める債券の対価として集めていたお金を
、いつのまにか「施設設置負担金」という名前に変えて懐に入れてしまい、殆
ど償却の終わっている設備に対して相変わらず法外な新規契約料金をとり続け
ることに成功しました。

 デジタル通信の時代になっても、独占をいいことに64kbpsという低速回線を
、「1本引けば2回線使える」などと言って技術的にはなくても済むアナログ
回線と抱き合わせにし、善良な個人に法外な値段で売り付けることに成功しま
した。さらに簡易型携帯電話の開始に当たり、すべての電話会社がこの回線を
使わざるを得ないようにし、各社が苦労して販路を開拓して得た売り上げの大
部分を、接続料として懐手でかすめとることのできるシステムを作り上げまし
た。

 また、既存のアナログ回線を使ってその10倍以上の高速通信ができるDSLと
いう技術が既に確立しているにもかかわらず、独占をいいことにその普及を遅
らせるためにのんびりと実験を繰り返してお茶をにごし、相変わらず「2010年
までに全家庭に光ファイバー網を」などという時代遅れのスローガンで、そん
なことはCATV網を拡充すれば直ぐにでも実現できるという事実から国民の眼を
そらすことにも成功しています。

 子会社を使って営んでいるデジタル携帯電話の商売では、利潤追求のノウハ
ウにさらに磨きがかかりました。この会社では、爆発的な普及により電波の帯
域が足りなくなってきたことに対応し、今まで3つの端末で1つの周波数を共
用していたところを、倍の6つの端末で共用できる「ハーフレート」というす
ばらしい技術を開発しました。データ量が半分になるので音質は悪くなり、通
話途中で切れやすくなる反面、同じ設備投資で倍の通信がさばけるので、当然
料金も半額にすべきところ、収益確保が至上命題のこの会社は一計を案じまし
た。

 それは、既存の利用者に対し、「新しい機種の端末に割引価格で交換する」
というふれこみで、そうとは知らせず音質の悪いハーフレートの端末に変えて
しまうことでした。このキャンペーンで配られた「最新デジタル・ムーバHYPE
Rへのお取り替えのご案内」というパンフレットには、交換の目的として「限ら
れた電波資源を無駄なく有効利用し、より多くのお客様にご利用いただくため
」と美辞麗句が並べられ、「ハーフレート」という用語はもとより、音質が悪
くなるとか、切れやすくなるなど都合の悪い説明は一切記載されませんでした
。

 また慌て者の利用者から少しでもお金を巻き上げるため、取替特別価格14,8
00円と記載されていたデジタル・ムーバP205HYPERは、在庫処理のため新機種投
入を遅らせていましたが、数週間の後に後継機種のP206が発売されたとたんに
無料交換の対象とし、前日まで有料で交換していたことなど、まるでなかった
ことのように闇に葬り去ってしまいました。

 極め付けは、企業向けにばか高い料金を取って販売している専用回線の設置
では、どうせ事故なんか起こらないとたかをくくってバックアップ設備への投
資を節約したため、人的ミスで阪神地区の重要な通信が軒並みストップして社
会全体に大混乱を引き起こしたうえ、原因究明に1週間もかかるという大失態
を演じたにもかかわらず、独占をいいことに何事もなかったように殿様商売を
続けています。

 世界広しと言えども、これだけ低水準の付加価値しか生み出さないにもかか
わらず、これだけ高水準の利潤を安定して追求できる企業が他にあるでしょう
か。少なくとも、この企業が提供するサービスの価値をはるかに超えてお金を
払っている顧客が全財産を吸い取られるか、あるいは不当な料金設定に気付い
て何らかの対抗措置を講じるまでは、日本を代表するこの企業は安泰なのです
。諸外国では当たり前の安価で良質な情報インフラがこのまま一向に整備され
ず、そのために国全体の活力が削がれ、大競争の大波に呑まれてわが国全体が
沈没するような事態になったとしても、この企業だけはしっかりと生き残り、
世界に向けてわが国の威信を力強く示してくれることでしょう。

 なお、文中に実在の企業の行状と大変よく似た記載があったとしても、それ
は単なる偶然かも知れませんので念のため。

[編集担当 西堀眞弘]

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JACLaP WIRE No.6 1998年12月14日
■発行:日本臨床検査医会[情報・出版委員会]
■編集:JACLaP WIRE編集室■編集主幹:西堀眞弘
●記事・購読・広告等に関するお問い合わせ先:
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